2012-04-30
姨捨
あらすじ
都から男が同行と中秋の姨捨山に至り名月を待つ。里の女が現れ、姨捨の旧跡を教え、月とともに現れて夜遊を慰めようと言い、山に捨てられた女の幽霊だと名乗って消える。所の者が姨捨の伝説を語り、一行は月の美しさを詠嘆する。やがて老女の亡霊が現れ、名月を賞し、月の本地仏である大勢至菩薩を称えて舞を舞う。夜明けとなれば老女は独り残され、その姿も消える。
次第 ワキとワキツレ
月の名近き秋なれや 月の名近き秋なれや
姨捨山に急がん
秋も 名月に近いこととなった 秋の半ばの 名月の夜も近づいたので
姨捨山を尋ねることにしよう
(一言)
「月の名」については、漢語の「名月」を和語として表現したとか、二条良基の「たぐいなき名を望月の今宵哉」に基づくとか。知らないと意味がとれません。
中秋の名月は一晩限りです。遅れたら大変。現在は「田毎の月」に観光客が押し寄せて。
結末 地謡とシテ
・・思い出でたる 妄執の心
やる方もなき今宵の秋風 身にしみじみと
恋しきは昔 偲ばしきは閻浮(エンブ)の
秋よ友よと 思ひ居れば
夜もすでに白々と はやあさま(朝・浅ま)にもなりぬれば
われも見えず 旅人も帰る跡に
ひとり捨てられて老女が 昔こそあらめ今もまた
姨捨山とぞなりにける 姨捨山とぞなりにける
(昔の秋を思い返せば)思い出すのは 迷いの心
これを晴らすこともできず 今宵の秋風は 身にしみじみと
恋しいのは昔 慕わしく思われるのは生きていた時のこと
昔の秋よ友よと 思い続けていると
夜もすでに白み もはや朝になり あらわにもなってしまったので
私の姿も人に見えなくなり 旅人も帰っていく そのあとに
ただ独り 捨てられて 老女の私は 昔こそ捨てられた身であったが今もまた
その名のとおりの 姨捨山になってしまったのであった
(一言)
序の舞が舞われる格の高さ。「姨捨」に「棄老」の悲惨さはなく、ただただ更科の名月を賞賛し、懐旧の情にひたる老女です。
「秋よ友よと」の詞章はまるで近代詩のよう。
旅人を見送る老女の亡霊は孤独ですが、最後は名月とも、姨捨山とも同化し、人の世を超越した境地に達したのです。
2012-04-28
老松
あらすじ
都の梅津某(ナニガシ)が北野天満宮の霊夢をうけ、同行と筑紫の安楽寺へ参詣すると、木守の老人が花守の男と現れ早春の安楽寺の情景をのべる。梅津は老人に梅と松の神木を尋ね、老人は道真遺愛の梅松が末社に現じたこと、さらに好文木と松の叙爵の故事を語り空に消える。里の男が天神の謂れと飛梅追松伝説を語り、逗留を勧める。神宅を待つ一行の前に老松の神霊が姿を見せ舞楽を奏し、老松の長寿を君に授ける神託を告げる。
次第 ワキとワキツレ
げに治まれる四方(ヨモ)の国 げに治まれる四方の国
関の戸鎖(サ)さで通はん
まことによく治まっている四方の国 まったくどこ国もよく治まっていて
関所の戸を閉ざさないので 自由に往来(ユキキ)することだ
(一言)
次第の「四方の国」につながるのが、上歌の「波を音なき四つの海」、サシの「潤ふ四方の草木」。能は、舞や所作も詞章も「連続」が大事です。
「関の戸鎖さで通はん」は天下泰平を意味する中国慣用句ですが、日本の国情には合わない気がします。道真は学問(漢詩)の神様だからいいのか。
ところで梅津某って何者?
結末 地謡とシテ
これは老木の 神松の
千代に八千代に さざれ石の
巌となりて 苔のむすまで
苔のむすまでまつたけ(待つ・松竹) 鶴亀の
齢(ヨワイ)を授くる この君の
行く末守れと わが神託の
告げを知らする 松風も梅も
久しき春こそ めでたけれ
こちらは老木の 神松で
松の 苔のむすまでの 松竹や 鶴亀の
永久の齢を君にお授けして この君の
行く末を長くお守り申せとは わが天満天神のご神託
そのお告げを 吹く風によって知らせる 松も梅も
もろともに 久しい春を寿ぐことは まことにめでたいことである
(一言)
朝廷と幕府の二重支配構造が長かったこの国で、「君が代」の「君」を詮索してもあまり意味がないですね。それこそ象徴的なもの。
長寿の老松に若木の「紅梅」を配し、縁起や伝説、故事を重ね、結末には「竹や鶴亀」まで登場させる賑やかさ。
盛だくさんですが整理が行き届き、清々しさが途切れることはない。さすが世阿弥。
「告げを知らする 松風も梅も」の風にひっかりました。しかし結末前の上げ歌に「風もうそむく寅の刻 神の告げをも待ちて見ん」とあり、「風と告げ」はセットなので用いたのか。
江口
あらすじ
旅僧が江口の里に来て西行の古歌を懐かしんでいると、里の女が現れ、西行との贈答歌の真意を説く。そして自分は江口の君の幽霊だと告げて姿を消す。里の男が旅僧に、遊女が普賢菩薩となって現れる奇瑞を語り供養を勧めると、旅僧の弔いに江口の君が二人の遊女を伴い舟に乗って姿を見せる。江口の君は遊女の罪業と世の無常を述べた後に舞を舞い、執着を捨てれば迷いはないのだと説き、身は普賢菩薩に舟は白象となって西の空へ消えて行く。
次第 ワキとワキツレ
月は昔の友ならば 月は昔の友ならば
世の外(ホカ)いづくならまし
月が在俗時代からの友であるからには
出家の現在 世俗と断絶した世界とは いったいどこにあるのだ
(一言)
「月は昔の友」は西行の和歌「夜もすがら月こそ袖に宿りけれ昔の秋を思ひ出づれば」が元です。
「川逍遥」の華やかさ艶やかさにうっとりの曲ですが、「悟りとは何か」の問題は冒頭から示され、結末がその答えとなっています。
結末
思へば仮りの宿 思へば仮りの宿
心留むなと人をだに いましめしわれなり
これまでなりや帰るとて すなはち普賢
菩薩と現はれ 舟は白象となりつつ
光とともに白妙の 白雲にうち乗りて
西の空に行き給ふ
ありがたくぞ覚ゆる ありがくこそは覚ゆれ
よくよく思えば この世は仮の宿
この仮の宿に心を留めるなど 人にさえも いさめた私である
もはやこれまでである 帰ると言って 立つやいなや
舟は白象と変じ 白一色の光の中に 白雲に乗って
西方浄土の空へ行かれる そのお姿は
ありがたく思われる まことにありがたく思われる
(一言)
江口の君は「世捨人なら遊女宿などに泊まりなさるな」と出家である西行の身を案じたのです。
自分の境涯と罪業を徹底的に認めたからこそ江口の君は菩薩に転じました。それが悟りです。
「舟は白象となりつつ」の「つつ」がいい。変化の様子がCG映像を見るようです。
白象、白妙、白雲と白の重なりは浄化のイメージ。ここに至るまでには、紅、黄、翠の文字が目につきます。
「川舟を 留めて逢瀬の波枕」と謡われる舟は、遊女たちの仕事場。
娼婦に聖性や神性を付与することで、男の何が救われるのでしょう。
2012-04-25
采女
あらすじ
諸国一見の僧が奈良の春日神社に詣でると、若い女が境内で木を植えている。不審に思って尋ねる僧に、女は樹木を愛するご神体のことやこの地が仏法の霊地であることを語り、僧を猿沢の池へ誘った。そして帝の心変りを恨み入水した采女(ウネメ)の話をして供養を頼み、自分は采女の幽霊であると明かして池水に消えた。僧の弔問に采女の霊が現われ、葛城王に仕えた采女とその遊楽を物語り、舞を舞って見せ、さらに回向を頼み水底に身を沈めた。
次第 シテ
宮路正しき春日野の 宮路正しき春日野の
寺にもいざや参らん
由緒正しき春日野の社へのまっすぐの参道を その道を通って
春日野の寺 興福寺にも さあお参りしよう
(一言)
地図によると奈良公園の両はじに春日大社と興福寺があります。どちらも藤原氏の氏社と氏寺。つまり神仏の上に君臨したのが藤原氏です。
「まっすぐで正しい権力」は人々の理想でしょう。天皇に仕える「采女」の儚さ、哀れさを考えても。
次第だけを読むと春の遠足のようなのどかさ。しかしシテはこの後、明神の燈だけが暗闇を照らす荘厳な場へと足を踏み入れます。夜参りなので。
結末 シテと地謡
猿沢の池の面(オモ) 猿沢の池の面に
水滔々(トウトウ)として波また 悠々たりとかや
石根(セキコン)に雲起こつて 雨は窓こうを打つなり
遊楽の夜すがらこれ 采女の 戯れと思(オボ)すなよ
讃仏乗の 因縁なるものを よく弔らはせ給へやとて
また波に入りにけり また波に入りにけり
猿沢の池の面に 水は滔々 波はまた 悠々としていることだ
岩の根もとから雲が起こって 雨は 窓に音をたてている
このような遊楽の夜 これを 采女の 戯れの舞と思いなさるな
これは仏の教えを讃嘆する 因縁なのだから
よくよく私の跡をお弔いくださいませ と言って
采女は再び波の底へはいって 姿が見えなくなった
(一言)
白楽天にある「狂言綺語の戯れ」を「采女の遊楽の戯れ」にとりなす結末。
仏道と離れても歌舞の徳というものはあります。能楽を支える思想かもしれません。
結末近くに「天地穏やかに 国土安穏に 四海波 静かなり」の詞章があり、それに対応するかのように「池の波も悠々」と穏やかです。
寵愛を失った采女が身を投げた時には波も騒いだことでしょうに。
「采女」は祝言性に富む曲といわれますが、引用の和歌がいつまでも心に残る曲でもあります。
吾妹子(ワギモコ)が 寝ぐたれ髪を猿沢の 池の玉藻(タマモ)と 見るぞ悲しき
2012-04-23
井筒
あらすじ
諸国一見の旅僧が奈良から初瀬への途中、在原寺を訪れ、業平夫妻の跡を弔っていると里の女が現れる。 女は僧の問いに答え業平と有常の娘との純愛について語り、自分が井筒の女と呼ばれた有常の娘であると名乗り、井筒の陰に消える。 里の男に勧められ僧は回向し、夢に見ることを期待して仮寝する。すると、業平の形見をまとった有常の娘の霊が現れ、恋慕の舞を舞い、井筒の水に自分の姿を映して業平の面影を懐かしむ。 だが夜明けとともに僧の夢は覚めるのだ。
次第 シテ
暁ごとの閼伽(アカ)の水 暁ごとの閼伽の水
月も心や澄ますらん
暁ごとに仏の前に供える水 暁ごとに水を汲んで仏に供えると
水に澄む月までも 私の心を清らかに澄ませてくれることだ
(一言)
「アカツキ」と「アカノミズ」が頭韻。続くサシの詞章に「ものの淋しき秋の夜の」があり「アカ、アキ」と続いています。「井筒」は月と水の曲。
秋の夜の暗闇の中で井筒から発光する月光が女の慕情をさらけだします。純愛ならばどこまでも澄み渡り、それは月そのものと似ています。
結末 シテと地謡
見ればなつかしや われながらなつかしや
亡夫はく霊の姿は しぼめる花の 色無うて匂ひ
残りてありはら(有・在原)の 寺の鐘もほのぼのと
明くれば古寺の 松風や芭蕉葉の
夢も破れて覚めにけり 夢は破れて覚めにけり
じつは私の姿なのになつかしいこと
このように業平と一体となった女の幽霊の姿は
しぼんでいる花が 色あせても匂いだけは残っている様子とおなじで
その場にいたが 在原の寺の鐘も鳴り ほのぼのと
夜が明けると 古寺には 吹く風や芭蕉の葉の音が残るのみで
その姿は消え 夢も破れて覚めてしまった 僧の夢は覚め夜が明けたのだ
(一言)
「しぼめる花の・・・匂い残りて」は、業平の歌を評した「古今集仮名序」の詞です。
月がキーワードとされる曲ですが結末は「音」が主役。夜明けを告げる鐘の音で、僧も私たちも目覚めます。
夜は「ほのぼのと」明けるので、まだ頭は朦朧。そこへ芭蕉葉がバサっと音をたてて破れ。
松風の風と芭蕉葉と夢が縁語。しぼめる「花」のあとは芭蕉「葉」。みな繋がっているのです。
「夢も破れ」を重ねずに「夢は破れ」と変化させる。おろそかにできない助詞の使い方、最高ですね。
2012-04-19
蟻通
あらすじ
紀貫之が紀伊国・玉津島へ参詣に赴く途中、俄に雨が降り馬が倒れ伏し困惑します。そこへ宮守の老人が現れ、蟻通明神の 社地を下馬をせずに通ろうとした咎めである言い、貫之 は畏れ入り、老人に勧められ歌を詠じます。老人は歌を褒め、貫之 が和歌の謂れを述べると馬は立ち上がり、神慮の有難さに貫之は宮守に祝詞を頼みます。宮守は神楽を舞い自分は蟻通明神であると告げると消え失せて、 奇特に感激した貫之は神楽を奏し、夜明けと共に再び旅立ちます。
次第 ワキ
和歌の心を道として 和歌の心を道として
玉津島に参らん
和歌の心をわが進むべき道として 和歌の心の体得を目指して歩む者として
玉津島明神に参詣しよう
(一言)
冒頭の次第で「テーマ」を表現してしまう典型の詞章です。
貫之はすぐれた歌人でしたが、和歌の神様を拝んでいない。もしかしたらスランプ解消の旅かも。
謙虚な態度は好印象で、「素直」は歌詠みの条件のようです。
「和歌の徳は鬼神の心をも動かす」という古今の序は、世阿弥を励ます言葉だったことでしょう。
結末 シテと地謡
いま貫之が 言葉の末の いま貫之が 言葉の末の
妙なる心を 感ずるゆゑに 仮りに姿を 見ゆるぞとて
鳥居の笠木に立ち隠れ あれはそれかと見しままに
かき消すように失せにけり
貫之もこれをよろこびの 名残りの神楽夜(カグラヨ)は明けて
旅立つ空に立ち帰る 旅立つ空に立ち帰る
今の貫之の 和歌の言葉のはしばしの
そこに現れた 素晴らしい心を 感じたので 神が仮に姿を現したのだ
と言って (蟻通の神は)
鳥居の笠木に隠れ あれがそれであるかと見たのもつかのま
かき消すように 見えなくなってしまった
貫之もこの示現を喜び 名残りを惜しんでの神楽を奏していると夜は明けて
それでここを旅立ち 再び旅人の身となった
旅の空に立つ身に戻ったのである
(一言)
「あれはそれかと見しままに」は、語調がよくて愉快です。
「名残りの神楽夜」は、短いながらにたっぷりとした情感、「旅立つ空に立ち帰る」でキリリと締められ、練りに練られた詞章はさすがに世阿弥。
揺るがない主題、華やかで明るく格調があり、和歌問答はコンパクト。「蟻通」は現代にも通用する傑作です。
2012-04-17
海士
あらすじ
藤原房前(フササキ)大臣は母の追善のため讃岐・志度寺に赴く。海人が現れ、水底の月を見るために梅松布(ミルメ)を刈るよう命ぜられると昔話を始める。ー唐土から贈られた面向不背の玉がこの浦で龍神に奪われ、藤原淡海公がある海人と 契りを交わし、宝珠を取り返えせば生まれた子を世継にすると約束。海人は命がけで竜宮に向かい宝珠を奪い取ったー。語り終えた海人は、自分が房前の母だと名乗り海中に消える。大臣は浦人に 事情を聞き、亡き母の手紙を読み十三回忌の供養をする。すると龍女の 姿で母の霊が現れ、法華経の功徳で成仏したと喜び経文を唱えて舞を舞う。
次第 ワキ・ワキツレ
出づるぞ名残り三日月の 出づるぞ名残りの三日月の
都の西に急がん
これが名残と思いつつ 都を出て 出たかと思うとすぐ
名残惜しくも西に姿を隠す三日月の行く方
都の西のほうに急ぐことにしよう
(一言)
三日月は夕暮に影を見せ、やがて西に姿を隠す。
「月の都」という古典の成語があり、三日月のは都の序、都は奈良です。
次第の「月」が、舞台をずっと照らし続けています。
本文の前半は月の詞章がいっぱい。
「水底の月」「内外の山の月を待ち」「あまみつ(海士・天満)月も」「しばし宿るも月の光」
結末 シテ・地謡
今この経の 徳用にて 今この経の 徳用にて
天龍八部 人与(ヒトヨ)非人 皆遥見彼(カイヨウケンピ)
龍女成仏 さてこそ讃州 志度寺と号し
毎年八講 朝暮の勤行 仏法繁昌の 霊地となるも
この孝養と 承る
(一言)
曲は、奈良の興福寺とも縁のある讃岐の志度寺の縁起をもとに構想されています。
結末は仏法讃美と志度寺の宣伝。しかし当時の人にはとっても有難さと憧れに満たされたフィナーレ。
「この経」とは。
変成男子として南方無垢世界に往き妙法を説くところを、それを天衆・龍衆以下の八部衆(夜叉や阿修羅など)が見て、龍女の成仏を見たと説いた。
曲は、母の深い愛情を描いて秀作です。出自を恥じない息子もえらい。
2012-04-16
安達原
あらすじ
阿闍梨祐慶と同行の山伏が陸奥に至り、安達が原で宿を借りる。宿の主である女は、自らの境涯を嘆きつつ、糸繰りの技を見せてもてなす。そして夜中に「閨の内を見るな」と言い残し薪を取りに行く。従者が祐慶の制止を聞かず閨を覗き夥しい死骸に驚いて祐慶に報告。一行は女が黒塚の鬼女と知り逃げ出すが、そこへ鬼の姿となった女が山から戻り、違約を責めて襲いかかる。しかし鬼女は祈り伏せらて闇の中へと消えて行く。
次第 ワキとワキツレ
旅の衣は篠懸(スズカケ)の 旅の衣は篠懸の
露けき袖やしをるらん
旅の衣も(山伏)の篠懸の衣、
篠懸を着て旅に出ると、露で濡れた袖は涙で萎れることだ。
(一言)
「安宅」の次第と同文。弁慶らは偽山伏で、こちらは本物です。
しかし一行は強引に宿を借り、女に糸繰りの業を強要し、死骸を見れば恐怖で逃げ出し、最後は力でねじ伏せる。
しかし一行は強引に宿を借り、女に糸繰りの業を強要し、死骸を見れば恐怖で逃げ出し、最後は力でねじ伏せる。
次第に続く自信満々の諸国行脚の謡には、高僧を揶揄する作者の意図が含まれているような。
結末 地謡
今まではさしもげに 今まではしもげに
怒りをなしつる鬼女なるが たちまちに弱り果て
天地に 身を約(ツズ)め眼(マナコ)くらみて
足もとはよろよろと 漂ひ廻る安達が原の黒塚に隠れ住みしも
あさまになりぬ あさましや 恥づかしのわが姿やと
言ふ声はなほ すさましき夜嵐の
音に紛れ失せにけり 夜嵐の音に失せにけり
今まではあれほどまでに、猛々しく振舞っていた鬼女であるが、
たちまちに弱りきり、天地の間に身を縮めて目はくらんで、
足もとはよろよろと、あたりをさまよいめぐり、
あらわになったあさましいこと、恥ずかしいわが姿よ、
と言う声はそれでもなおすさまじく響いて、
ものすごい夜嵐の音にまぎれてしまった。
姿も夜の闇の中にまぎれ見えなくなってしまった。
姿も夜の闇の中にまぎれ見えなくなってしまった。
(一言)
詞章4行目「漂ひ廻る」の廻るは、音が「轍・ワダチ」に似ている「安達・アダチ」に掛かります。
読み所である「糸繰りの謡」の中では、女は生死の世界を廻る苦しさを訴えます。
最後の「漂ひ廻る」苦しさを、せめて読者は受け止めたい。あさましいのは阿闍梨の方ですもの。
人間は心に鬼を住ませて一人前・・なんて、これは私の「鬼」観です。いえ人間観です。
人間は心に鬼を住ませて一人前・・なんて、これは私の「鬼」観です。いえ人間観です。
2012-04-13
安宅
源頼朝の追及を逃れるため、義経主従12人が山伏姿となり奥州へと下向する。加賀の安宅の関にさしかかった一行は富樫に怪しまれるが、武蔵坊弁慶が東大寺再建の勧進のためと説明し、巻物を勧進帳のごとくに読み上げ通行を許される。だが強力に仕立てた義経が見咎められてしまう。それを弁慶が義経を打ち据える機転をきかせ切り抜ける。関を過ぎて安堵する一行に、富樫が無礼の詫びと言って酒を持参するが、弁慶はなお油断せず、酒席で延年の舞を舞い、一同をうながし陸奥へと下って行く。
次第 シテと立衆
旅の衣は篠懸(スズカケ)の 旅の衣は篠懸の
露けき袖や萎(シオ)るらん
旅の衣は(山伏)の篠懸の衣、篠懸を着て旅に出ると、
露で濡れた袖は涙でしおれることだ。
この次第は「黒塚」「摂待」と同文。山伏が白衣の上に着る麻衣が篠懸ですが、衣の飾りの白いボンボンに似た茸(きのこ)をスズカケダケというそうです。私たちにお馴染みは「鈴懸の小道」(古い!)。
屈強な男どもの謡を受けて、強力のアイが瓢げてみせます。黒澤明の「虎の尾を踏む男達」でいえばエノケン。能の清々しさがよく翻案されたミュージカルでした。
おれが衣は篠懸の おれが衣は篠懸の
破れて事や欠きぬらん
結末 シテと地謡
鳴るは滝の水 鳴るは滝の水
日は照るとも 絶えずとうたり 絶えずとうたり
疾(ト)く疾くたてや たつかゆみ(立・手束弓)の
心許すな 関守の人びと
暇(イトマ)申して さらばよとて
笈(オイ)をおつ取り 肩にうち掛け
虎の尾を踏み毒蛇の口を 逃がれたるここちして
陸奥の国へぞ 下りける
現代語訳は省略します。今様の「鳴るは滝の水」は「翁」にも出てきて、とうたりは水の音。
弁慶は義経の「延年」を祈って舞を舞います。酒は飲んだフリ。
富樫の疑いが晴れていないのを察しながら「お目出度い詞」を謡うのは、勧進帳を読むより難しそうです。
2012-04-11
阿漕
あらすじ
九州日向の男が、伊勢神宮参詣の途次、阿漕ヶ浦で漁翁に出会う。二人はこの浦を読んだ古歌に興じ、土地の謂れを尋ねた男に、漁翁は、殺生禁断の浦で密漁していた阿漕という漁師が捕えられ、罰として沖に沈められ死後も苦しみ減罪を乞い願っている語り、自分が阿漕の幽霊であると知らせて海上の闇に失せた。 そこへ現れた浦人が回向を勧め、 男が読経を始めると、阿漕の亡霊が四手網を手に現れ、密漁の 有様と地獄の苦しみを見せる。そして再び救済を求めつつ亡霊は波間へと消えていく。
心づくし(尽・筑紫)の秋風に
心づくしの秋風に
木(キ)の間の月ぞ少なき
物思いに誘う秋風が吹き始め、
まだ葉を落とさぬ木の間から洩れる月光もかすか。
「木の間より洩り来る月の影みれば心づくしの秋は来にけり」(古今集・読み人知らず)
結末
物思いに誘う秋風が吹き始め、
まだ葉を落とさぬ木の間から洩れる月光もかすか。
「木の間より洩り来る月の影みれば心づくしの秋は来にけり」(古今集・読み人知らず)
結末
思ふも恨めいにしへの 思ふも恨めいにしへの
娑婆の名を得し 阿漕がこの浦に
なお執心の 心引く網の
手馴れし鱗類(ウロクズ)今はかへつて
悪魚毒蛇となつて 紅蓮大紅蓮の氷に
身を傷め骨を砕けば 叫ぶ息は
焦熱代焦熱の 焔煙雲霧(ホノオケムリクモキリ)
たちゐ(立・起居)に隙(ヒマ)もなき 冥土の責めも度重なる
阿漕が浦の 罪科を
助け給へや旅人よ 助け給へや旅人とて
また波に入りにけり また波の底に入りにけり
思い出すのも恨めしい
人間界での阿漕の名の通り、阿漕が浦に執心は残り
手馴れし魚類が今は却って悪魚毒蛇となる
寒さで皮肉が裂け紅蓮のようになり
熱さで皮肉が焦げ爛れる
立居もままならない地獄の責めも度重なり
それは度重なった阿漕が浦での罪とおなじ
どうか助けてください どうか助けてと言い
波に入っていった 波の底に消えていった
(一言) 思い出すのも恨めしい
人間界での阿漕の名の通り、阿漕が浦に執心は残り
手馴れし魚類が今は却って悪魚毒蛇となる
寒さで皮肉が裂け紅蓮のようになり
熱さで皮肉が焦げ爛れる
立居もままならない地獄の責めも度重なり
それは度重なった阿漕が浦での罪とおなじ
どうか助けてください どうか助けてと言い
波に入っていった 波の底に消えていった
ワキの次第が「和歌」、続いてシテとの和歌問答があり、採り入れた挿話が「西行の恋」。
陰惨な内容だけでない雅な一面をもつ曲です。
「つくし」と日向は九州のつながり。また日向と伊勢はともに神の国。
千束(チヅカ)の契り忍ぶ身の 阿漕が喩へうきな(憂・浮名)立つ
憲清と聞こえし その歌人の忍び妻
阿漕阿漕と言ひけんも ・・
阿漕の密漁は、初めは欲のためでも、いつしか禁漁の面白さ、快楽に変ったはずです。
西行の宮廷女性との「禁断の恋」。あこぎ・あこぎがエクスタシーの声に聞こえます。
結末は地獄の描写です。大災害や飢饉に頻繁に襲われるまるで地獄のような中世で、人々はこのくだりをどう受け止めたのか。
絵空事でない分、阿漕に同化し、阿漕の苦しみに涙したことでしょう。
陰惨な内容だけでない雅な一面をもつ曲です。
「つくし」と日向は九州のつながり。また日向と伊勢はともに神の国。
千束(チヅカ)の契り忍ぶ身の 阿漕が喩へうきな(憂・浮名)立つ
憲清と聞こえし その歌人の忍び妻
阿漕阿漕と言ひけんも ・・
阿漕の密漁は、初めは欲のためでも、いつしか禁漁の面白さ、快楽に変ったはずです。
西行の宮廷女性との「禁断の恋」。あこぎ・あこぎがエクスタシーの声に聞こえます。
結末は地獄の描写です。大災害や飢饉に頻繁に襲われるまるで地獄のような中世で、人々はこのくだりをどう受け止めたのか。
絵空事でない分、阿漕に同化し、阿漕の苦しみに涙したことでしょう。
2012-04-10
葵上
あらすじ
光源氏の北の方(正妻)である葵上が物の怪に執り付かれ病に臥せっている。 朱雀院に仕える廷臣が、 梓弓によって亡霊を呼び寄せる照日の巫女に命じ、物の怪の正体を占わせた。 すると六条の御息所の生霊が破れ車にのって現れ、 葵上の枕元で責めさいなみ、幽界へ連れ去ろうとする。 急ぎ、横川の小聖が呼ばれ祈祷を始めると、 鬼女の姿になった御息所が現れ激しく争う。御息所はついに法力に祈り伏せられ、 我が姿を恥じ、最後は心を和らげ成仏する。
憂き世はうし(憂・牛)の小車(オグルマ)の
憂き世は牛の小車の
廻るや報ひなるらん
憂き世はつらい
牛の車が回るように次々と憂き世は廻ってくるが
これは前世で行ったことの報いなのだろうか
(一言)
次第は、葵祭りでの六条の御息所と葵上との車争いを踏まえています。
因果応報の憂き目にあう御息所の悲しい歎き。
憂しと牛。日本語の同音意義を存分に使って謡曲の詞章は作られます。
火宅の三つの車の一つが牛車。
キリ 地謡
読誦の声を聞くときは 読誦の声を聞くときは
悪鬼心を和らげ 忍辱(ニンニク)慈悲の姿にて
菩薩もここに来迎す 成仏得脱の
身となり行くぞありがたき 身となり行くぞありがたき
祈りの声が聞こえてきたので 御息所の怨霊も心を和ませ
菩薩も忍辱の心をもった慈悲深い姿で現れ
怨念を断ち悟りを開いて成仏の身となっていったのは
まことにありがたいことである
(一言)
御息所は打杖を振り上げ、小聖は数珠を押し揉んで法力を見せつける。密教の本尊である大日如来は憤怒の表情をしています。
「やらやら恐ろしの、般若声や」と両耳をふさぐシテ。
「これまでぞ怨霊、この後(ノチ)またも来るまじ」。地謡の台詞ですがシテが言ってもおもしろい。
そして最後に来るのが慈悲の菩薩で、ちゃんと順番があるのです。
源氏物語の御息所は哀れです。自分が無意識のうちに源氏の愛人を殺したのではないかと常に慄いている。決して悪女ではありません。
キリは「通盛」のキリと同文です。
2012-04-09
次第とは キリとは
私は「能」を観る機会もなく、謡(うたい)についても全く知識がありません。
ただ、謡曲の詞章を文学として読んで楽しむばかりです。
「次第」は登場歌で、これから始まる劇への期待が高まるところ。その曲のテーマにもつながる詞章が多いような気がします。
「キリ」は「序破急」でいえば「急」にあたり、結末はなんだか「尻切れトンボ」です。
しかし舞台では結末間際に「舞」や立ち回りなどの動きがあるようで、キリは十分な時間をかけたあとの「収束」なのでしょう。
「キリ」の詞章は短いものでも余情に溢れています。
詞章とともにシテはおのれの墓塚に戻ったり、水底に沈んだり、あの世へ、あるいは天空へと退場します。
ポール・クローデルの言うように「能、それは何ものかの到来である」であるなら、去り行く場面もまた重要なのではないでしょうか。
WEB NOH THEATER の用語解説より
+
次第(しだい)
主にワキが登場するときに演奏される囃子の調子の一つ。
大鼓、小鼓中心が中心になり、笛はあしらうというスタイル。
また、その調べが終わった時点で、役の者(ワキ、ワキツレなど)が、最初に謡う謡も次第と呼ぶ。
+
キリ・切
一曲の中で、最後に置かれた構成要素。
最初と最後を意味する「ピン、キリ」という言葉の「キリ」と同意と思われる。
フィナーレの部分であり、謡いどころ、舞どころである。
ここでの謡は、必ず拍子に合う。
キリ・切
一曲の中で、最後に置かれた構成要素。
最初と最後を意味する「ピン、キリ」という言葉の「キリ」と同意と思われる。
フィナーレの部分であり、謡いどころ、舞どころである。
ここでの謡は、必ず拍子に合う。
2012-04-03
春に枝をのばして
多摩川の河原もようやく春。
嵐を待ち構えるような空模様の下、桜がほころび始めています(3月31日撮影)。
桜の見ごろは一週間です。
パッと咲いてパッと散るところが武士道に例えられるのは、江戸時代にクローン種の「ソメイヨシノ」が作られ全国に広まって以降だとか。
私は桜の木肌が好きです。茶と紫がまじった樹皮の紅色は、渋いようでいて華やか。
一昨日は義妹三人と「熱川温泉」に泊ってきました。
待ち合わせた熱海では、三大別荘のひとつ「起雲閣」を見学し、大正の日本家屋と昭和の洋館がかもしだす「レトロモダン」を堪能。
熱海市の文化財としてよく保存され見応えがありました。
下の画像は「きょう(3月27日)の起雲閣」のものです。
千坪の庭に満開の「マメサクラ」が一本、そばのもう一本は「ソメイヨシノ」で五分咲きでお花見にはまだ早そう。
女同士の旅は楽しかったのですが、温泉街のさびれ方には悲しい想いがしました。
外国人観光客の姿はなく、巨大地震の予想されれば今後も戻ってくることはないのですから。
それでも日本中のソメイヨシノは咲きます。憂いてばかりもいられません。
ブログ更新の今、外では先日をうわまわる強い風が吹いています。
花に嵐はつきものだけど、河原の桜はどうしているかなあ・・。
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