2013-02-05

終わりにあたり

新潮社の謡曲集から自分の知っている作品の「次第と結末部分」を抜き出して、ひとことずつ感想を述べてきました。

できれば「まとめ」として、謡曲における次第と結末の関わりについて考えたかったのですが、力不足で今の時点では無理のようです。

また先月末に強度近視による眼底出血を起こし、これ以上の視力低下は避けたいと思い、ブログ自体を止めることに致しました。

読者の方がいらっしゃいましたら、中途半端をどうかお許し願います。

今後は、手作りの「謡曲かるた」へ挑戦します。
大好きな登場歌(次第)を存分に取り入れ、絵はこれまた好きな浮世絵を使い・・さて書体はどうしようかなどと夢がふくらみます。

夢は、眼が悪くてもいくらでも見れるから嬉しいですね。

2013/2/5  朝   yukie
     


2013-01-31

楊貴妃


あらすじ
玄宗皇帝に仕える方士(ほうし)は、皇帝の命を受け、楊貴妃の霊魂のありかを尋ね常世の国蓬莱宮へ赴く。所の者から貴妃の居所を聞いた方士は太真殿へ向い、皇帝の使いである旨を申し出ると貴妃が現れる。貴妃は皇帝の悲嘆にくれる様子を聞き、恋慕の情を示し形見のかんざしを渡し、方仕の尋ねる証拠の私語を教える。やがて貴妃は霓裳羽衣(げいしょううい)の曲を舞って昔を懐かしみ、懐旧と涙のうちに方士を見送る。

次第  ワキ
わがまだ知らぬ東雲の  わがまだ知らぬ東雲の
道をいづくと尋ねん

私のまだ知らない 行ったことのない 東方の雲のかなたの
道を 仙界はどこかと尋ね行くことにしよう

「いにしへもかくや人のまどひけん我がまだ知らぬしののめの道」(源氏物語・夕顔)に基づく
「東雲」を東の雲のかたなの意に転じ、渤海の東方の海中にある蓬莱山を暗示している

(ひとこと)
源氏物語と白楽天の「長恨歌」の繋がりは深く、謡曲「楊貴妃」にも源氏歌が数多く引かれます。
私などは「東雲」といえば、ストライキとしか思い浮びませんが・・。


結末  地謡
君にはこの世  逢ひ見んことも  よもぎがしまつ(よも・蓬島・しまつ鳥)鳥  
うきよ(浮・憂世)なれども
恋しや昔  はかなや別れの  とこよ(床・常世)の台(ウテナ)
伏し沈みてぞ  留(トド)まりける 


わが君にはこの世で お目にかかることも よもやあるまい
辛い世の定めではあるが 
恋しい昔よ はかない別れの 床よと 常世の国蓬莱宮の御殿で
涙に伏し沈んで 留まったのである

「蓬が島」は蓬莱の島  「島つ鳥」は鵜の異名で「う」にかかる枕詞

(ひとこと)
愛する人と死に別れた霊魂が、またもう一度別れのつらさを味合う痛ましさがあります。
使者の行く手を追いかけて行きたい思いがどれほどのものか、
同床の夢も去り、楊貴妃はただ一人です。

「世」という言葉は「男女の仲」をも意味すると、丸谷才一の本でつい最近知りました。
















湯谷


あらすじ
平宗盛は遠江池田の宿の長である熊野を召し出だして寵愛していた。そこへ侍女の朝顔が病気の老母からの手紙を携え熊野を迎えに来る。手紙を見せて熊野は宗盛に暇を乞うが、宗盛は許さず、清水まで花見の同道を命ずる。花見の宴で熊野は舞を舞うが、折からの村雨が花を散らすのを見て、母を案ずる和歌を詠む。すると宗盛は詠歌に感じて許しを出し、観音の利生と喜んだ熊野はその場から東へと帰って行くのだった。

次第  ツレ
夢の間惜しき春なれや  夢の間惜しき春なれや
咲く頃花を尋ねん

「春宵一刻値千金」といわれる春だから 春の夜のわずかな時間も惜しく思われるよ
花咲く頃には都の花を尋ねよう

(ひとこと)
夢というからには夜、花は都の桜に決まっています。
「湯谷」という曲全体が春らんまんの夢のような美しさに満ちています。熊野自身が満開の花。

結末  地謡
これまでなりや嬉しやな  これまでなりや嬉しやな
かくて都に御供せば  またもや御意の変はるべき
ただこのままに御暇(オイトマ)と  いふつけ(言・木綿附)鳥が鳴く
東路さして行く道の  やがて休らふ逢坂の
関の戸ざしも心して  あけ(開・明)行く跡の山見えて
花をも捨つる雁(カリガネ)の  それは越路われはまた
東に帰る名残かな  東に帰る名残かな

もはやこれまで うれしいこと
こうして都へ御供をして帰れば またお気持ちが変わるかもしれない
このまますぐにお暇を頂く と言って 鶏が鳴く
東の国をめざいて行く その道にやがて逢坂山 ここでしばし留まり
関守も心して早目に戸を開き 夜が明けると通り過ぎた後ろの山が見え
花を見捨てて帰る雁の姿 それは北の越路へ帰り 私はまた
花を見捨てて東国へと帰る それにしても都も名残惜しく思われることよ

(ひとこと)
「これまでなりや 嬉しやな」から伝わる熊野のよろこび。詞章の始まりからわくわくします。
仕えるご主人の我儘を分かっての行動は才色兼備の遊女のもの。そしてそんな権力者を彼女は愛しているのです。
東には母でなく男が待っているのだという解釈など弾き飛ばすように、都の花(宗盛)への未練が伝わってきます。















2013-01-26

遊行柳


あらすじ
諸国遊行の上人が一遍上人の教えを広めようと奥州へ向かう。白河の関を越えた所で老人に呼び止められ、老人は古道にある名木の柳に案内するが、上人の十念を受けると、古塚に身を寄せる様に消える。不思議に思い上人が念仏を唱てまどろんでいると、柳の精が白髪の老人の姿で現れ、草木まで成仏できる念仏の功徳を讃え、柳の故事を語り、報謝の舞を見せて消え失せる。

次第  ワキとワキツレ
帰るさ知らぬ旅衣  帰るさ知らぬ旅衣
(ノリ)に心や急ぐらん

帰ることも忘れてしまった遊行の旅ながら、仏法をひろめるためには心が急がれることだ。
衣と法は縁語。

(ひとこと)
芭蕉の「奥のほそ道」にも多大な影響を与えた遊行柳の曲。次第が「旅」で始まっているのも何か縁かもしれない。旅と衣は縁語。

結末  地謡
今年ばかりの  風や厭はんと
漂ふ足もとも  よろよろ弱々と
倒れ伏し柳  仮寝の床(トコ)
草の枕の  一夜の契りも  
他生の縁ある  上人の御法(ミノリ)
西吹く秋の  風うち払ひ
露も木の葉も  散りぢりに
露も木の葉も  散りぢりになり果てて
残る朽木と  なりにけり

現代語訳は省略します。
註によれば、別れの際には柳の枝をわがねて旅立つ人に贈るのが習わしで、後ジテの登場歌の漢詩に呼応とあります。「伏し柳」は歌語。
また、「今年ばかり・・」は、西行桜の「年経り増さる朽木桜 今年ばかりの花をだに」の変形。
「一夜の契りも 他生の縁ある」は、小督の「一樹の宿り 一河の流を汲むことも 皆これ他生の縁ぞかし」の変形。
「西吹く風の秋」は、当麻の「ただ一声の誘はんや 西吹く秋の風ならん」をふまえるそうです。
オリジナリティーに欠ける結末の詞章ですが、老いの寂しさまでがひしひしと伝わります。西行が詠んだ柳の情景と比べれば尚更です。もちろんそれが作者のねらいでしょうが。

「道の辺に清水流るる柳陰 暫しとてこそ立ち止まりけれ」
若々しい緑の柳の葉ずれの音まで聞こえてきそうな歌です。
















2013-01-21

山姥


あらすじ
都で評判の女曲舞の「百ま山姥」が、善光寺参詣のために、従者と共に北陸路にさしかかり、山中で日が暮れて当惑。そこへ女が現れ一夜の宿を申し出て一行を庵に案内する。女は、自分が真の山姥であると明かし、百まが曲舞で名を馳せながら本人を心に掛けないのは恨めしいと言い、再会を約して消える。夜更けになると山姥が出現し、百まを促して曲舞を一緒に舞う。そして山廻りの様子を見せるが、やがて姿は見えなくなった。

次第1  ワキとワキツレ
善き光ぞと影頼む  善き光ぞと影頼む
仏の御寺(ミテラ)尋ねん

有難い弥陀の光明による極楽へのお導きを頼りにして
仏の御寺の善光寺を尋ねることにしよう

(ひとこと)
善光寺の名を用い、仏に救いを求める女曲舞を善きものとして描いています。
芸能と宗教の関わりなども考えさせられる冒頭の詞章は従者のもの。
作者の世阿弥は芸能をただの娯楽と捉えてはいないようです。


次第2  地謡
よしあしびき(葭蘆・善悪・足引)の山姥が  よしあしびきの山姥が
山廻りするぞ苦しき

善悪の差別をこだわって 足をひきずりながら 山姥が 
悟りきれずに 足をひきずって 山姥が
六道を輪廻するかのように 山廻りをする その山廻りは苦しいことだ

(ひとこと)
この詞章は、都で百ま山姥が歌う曲舞と次第と同じです。
「よしあしびき」が多重の意味をもつ面白さ、山廻りに六道を重ねる奥の深さ。
「よし」という感動詞も勢いがありますね。


結末  地謡
廻りめぐりて  輪廻を離れぬ  妄執の雲の  ちり(散・塵)積もつて
山姥となれる  鬼女がありさま 
見るやみるやと  峰に翔り  谷に響きて
今までここに  あるよと見えしが  
山また山に  山廻り  山また山に  山廻りして
行方も知らず  なりにけり

山を廻ることを繰り返して 輪廻から離れられない妄執の身
その妄執の雲の 塵が積もって山姥となったのであるが この鬼女の姿を
あなたは見ておいでであるか と言って 峰に飛びかけり その音は谷に響いて
今までここに いたと思われたのだが
山また山に 山廻り 山からら山へと 山廻りして
どこへ行ったのか わからなくなってしまった

(ひとこと)
「塵も積もれば山となる」という諺を元にしていても、教訓的な意味合いはありません。
塵は万物の素のようなものでしょう。
自然描写にあるふれた曲は、結末に「山また山」を繰り返し、人智の及ばない世界を開くようです。
山姥は自分を鬼女と言っていますが、村人の暮らしを影となって助ける存在でもあります。
行方知れずになる山姥は、自然と同化したのですね。

北斎に、「山姥」の顔が表紙になった狂歌画本があります。
その名は「山満多山」。江戸の山の手の景観と風俗が描かれています。

















2013-01-10

八島


あらすじ
旅僧が従僧と共に讃岐の八島の浦に着き塩屋で待っていると、主の漁翁と漁夫が帰ってくる。僧は一夜の宿を乞い、漁翁は僧らが都の者だと知り懐かしさに涙する。僧の求めで漁翁は源平合戦の様子(義経の勇士ぶり、景清と三保谷の錣引、嗣信と菊王の最期など)を語る。僧の不審に漁翁は義経の霊だとほのめかして消える。所の者が合戦のことを語り、僧が眠りにつくと、甲冑姿の義経の霊が現れ「弓流し」の様子を再現、修羅道での責苦の戦い、また激戦の様子を語るが、春の夜明けとともに消え失せる。

次第  ワキとワキツレ
月も南の海原や  月も南の海原や
八島の浦を尋ねん

月も南の海原の上を行く 月も南の空を行く
われらも南海道の 八島の浦を尋ねよう

(ひとこと)
合戦の無常がテーマの曲でありながらも、冒頭から「月、南、海原」という壮大な風景が描かれて明るい開けた感じがします。
結末の「海、山、空」を舞台とする修羅の世界に呼応する次第です。

結末  地謡
水や空  空行くもまた雲の波の
うち(打・討)合い刺し違ふる  舟戦の駆け引き
浮き沈むとせしほどに  春の夜の波より明けて
敵と見えしはむれゐる(牟礼・群居)鷗  
鬨の声と聞こえしは 浦風なりけり高松の
浦風なりけり高松の  朝嵐とぞなりにける

水か空か区別ができず 空を行くのも波かと見える雲
内ち合ったり刺し違えたりする 舟戦の進退
波に浮きつ沈みつしているうちに 春の夜が波の上から明るくなり
敵と見えていたのは群がっている鷗
鬨の声と聞こえていたのは 実は浦吹く風であった
高い松を浦風であった高松の 朝の嵐となったのであった

牟礼・高松は地名
水や空の本歌は「水や空空や水とも見え分かず通ひて澄める秋の夜の月」

(ひとこと)
舞台では義経の亡霊が激しい戦いの所作をします。
夢幻能ですから、僧の夢が覚めれば夜明けとともに義経の亡霊は消えるのですが、そこが曖昧にぼかされています。まさに「春の夜の夢」。
「波より明けて」は、ひたひたと寄せる白い波頭が少しづつ輝きだす美しさ。白い鷗が敵になぞられていますが、平氏は「赤」ですから少しヘンですね。




















2012-12-30

紅葉狩


あらすじ
秋も半ば、戸隠山中で三、四人の美女が紅葉狩に興じている。そこへ鹿狩りの平維茂一行が通りかかり、維茂が馬から降りて迂回しようとすると、美女が酒宴の仲間入りを勧める。維茂は断りかね、勧めに応じて盃を重ね、舞に見とれて寝入ってしまう。女達は「目を覚ますな」と言い捨てて姿を消す。やがて維茂の夢に八幡宮の神が現れ、女が戸隠山の鬼だと告げ神剣を授けて目を覚まさせる。維茂は神剣を抜いて激しい格闘の末に鬼女を退治する。

次第  シテとツレ
時雨を急ぐ紅葉狩  時雨を急ぐ紅葉狩
深き山路を尋ねん

時雨で色づくことを急ぐ紅葉 その紅葉を見るために急いで
山路深く尋ねて行くことにしよう
あるいは
(秋の女神龍田姫が)木々を染める時雨をさかんに降らせるので
赤く染まった紅葉を見に深い山路を尋ねよう
「龍田姫いまはの頃の秋風に時雨を急ぐ人の袖かな」新古今集・藤原良経

(ひとこと)
「急ぐ」が色づくと紅葉狩の両方にかかっています。
突然降りだしてサーァと止む時雨にも「急ぐ」イメージがあり、心を急き立てる冒頭の詞章です。
「~を尋ねん」という言い回しも次第ではよく使われ、「お話」に分け入る気持ちになります。

結末  地謡
惟茂少しも  騒ぎ給はず  
南無や八幡  大菩薩と  心に念じ
(ツルギ)を抜いて  待ちかけ給へば
微塵になさんと  飛んでかかるを
飛び違ひむずと組み  鬼神の真中(マナカ)  刺し通すところを
(コウベ)を掴んで  上がらんとするを
斬り払ひ給へば  剣に恐れて  巌に登るを
引き下ろし刺し通し  たちまち鬼神を  従へ給ふ
威勢の程こそ  恐ろしけれ

(ひとこと)
「義経少しも騒がず」は名句ですが、惟茂には具体的な武勇談がなく、しかも「給はず」がついているのでキレがわるいですね。
結末の詞章は詩的でもなく劇的ともいえません。それが舞台では武人と鬼女の派手な所作となり観客は大喜びです。
前半の「堪えず紅葉、青苔の地」という有名な詞章は漢詩がもとですが、非常に色鮮やかで男を誘惑する美女にぴったり。作者は観世小次郎信光。

















2012-12-12

三輪



あらすじ
三輪山麓に住む僧の玄賓(ゲンピン)が、いつも参詣に来る女を待つ。その日、女は玄賓に衣を乞い、玄賓は衣を与え女の素性を尋ねる。女は杉が目印だと住みかを教えて消える。里の男がご神木に衣が掛かるのを見付けて玄賓に知らせ、玄賓が確かめると衣の裾に金色の文字で歌が書かれている。その歌を詠むと杉木の中から返歌が聞え、女姿の三輪明神が姿を現す。明神は三輪の神婚譚を語り神楽を舞い、伊勢と三輪の神が一体分神だと物語り、やがて夜が明ける。

次第  シテ
三輪の山もと道もなし  三輪の山もと道もなし
檜原(ヒバラ)の奥を尋ねん

三輪の山のふもとは道もない 山のふもとは道もないのだが
檜原の奥を尋ねることにしよう
(檜原は大和国  三輪山の北麓  檜原谷に玄賓の庵があった)

(ひとこと)
ワキである玄賓は自分を山田を守る案山子に例え「秋果てぬれば訪ふ人もなし」と述べます。冒頭の次第でシテが「道もなし」というのに応じているのか。よほど寂しい場所のようです。

結末  地謡
思へば伊勢と三輪の神  思へば伊勢と三輪の神
一体分神のおんこと  いまさらんいといはくら(言・磐座)
そのせき(塞・関)の戸の夜も明け
かくありがたき夢の告げ
覚むるや名残なるらん  覚むるや名残なるらん

考えてみると伊勢と三輪の神とは
もともと一体の神 それが二つに身を分けて出現なさっということは 今さら言うまでもない
あの天の岩戸の その戸ざしの開いた時のように夜も明けてきて
このようにありがたい夢のお告げが覚めてしまうのは まことに名残惜しいことだ
本当に残念なことである

(ひとこと)
この曲のクライマックスは明神の謡う神婚譚です。
仲睦まじい男女が、女が夜しか訪れのない男を不審に思い、男の衣に糸をつけて後を辿って行くと、三輪の神木に糸の先があった。つまり男は神だったという話。
結末は、天の岩戸前での神楽の再現の後に、伊勢神宮と三輪明神が一体と語られ、厳かというより華やかな感じ。そんな夢なら覚めてほしくない。
三輪明神は男でもあり女でもありという、官能的なおおらかさもこの曲も持ち味です。



















2012-12-11

三井寺


あらすじ
行方不明の息子千満を探す母が、清水の観音に参詣し、三井寺に行けとの霊夢を蒙り寺へと向かう。一方、千満は三井寺の住僧の弟子となっていた。中秋の名月に住僧は千満を伴い月を眺め、能力は千満を慰めるために舞を舞う。そこへ狂乱の母が来て、能力が鐘を撞くと母も鐘を撞こうとして制止される。だが母は鐘にまつわる様々な事を語り制止を退け鐘を撞く。その様子に千満は狂女が母と気付き、親子は再会を果たして故郷へ帰って行く。

次第  ワキとワキツレ
秋も半ばの暮れ待ちて  秋も半ばの暮れ待ちて
月に心や急ぐらん

中秋の今日(陰暦八月十五日)の日暮れを待ちかねて
早く(名月の日の)月を見たいと心がせかされることだ

(ひとこと)
名月ではな,く桜の盛りを見たいを見たい時には「花に心や急ぐらん」。簡潔で的確な言い回し。
ただ私は「秋の半ば」で8月15日には思い至らず、「暮れ」が日暮れとはわかりませんでした。

キリ  地謡
かくて伴ひ立ち帰り  かくて伴ひ立ち帰り
親子の契り尽きせずも  富貴の家となりにけり
げにありがたき孝行の
威徳ぞめでたかりける  威徳ぞめでたかりけり

こうして子を連れ帰り
親子の縁は尽きることもなくて 富貴の家となったのだ
まことにありがたい孝行の功徳で 
それはめでたいことであった

(ひとこと)
子を探す母の哀れさより、「月と鐘」の取り合わせが面白い曲の終わりはハッピーエンド。
千満は思慮深い子で、母にも孝行を続けたのでしょう。金持ちになるのは結構ですが、この結末は曲全体を安っぽくしているような気がします。詞章もありきたりですし。















2012-12-08

松虫


あらすじ
摂津国安倍野で酒を売る市人がいつもの不思議な客を待つと、男とその友人が現れ秋の安部野を詠嘆し酒宴に興じる。男は松虫の音に友を偲ぶ謂れ(即ち若者の一人が松虫の音に魅せられて草むらに分け入り帰らないので、一人が探しにいくが友人は死んでおり、男は死骸を埋めた)を語ると、男はその亡霊と名のり、友人は人影に紛れる。市人の弔問に亡霊が現れて友への懐旧を詠嘆。心友との交遊と酒興を讃美して舞を舞うが、松虫の音のうちに夜明けとなる。

次第  シテとツレ
もとの秋をもまつ(待・松虫)の  もとの秋をも松虫の
(ネ)にもや友を偲ぶらん

昔の秋が再び訪れることを待つかのように松虫が鳴く
その声を聞くにつけても友がなつかしく思われることよ
「もとの秋」は「素秋」で秋の別名

(ひとこと)
次第を読めば、曲のテーマは歴然です。
男同士の愛に近い友情の曲ですが、私には「愛」のもつ孤独や寂しさが秋の野に広がるように思えます。
「ねにもや」の中に「寝に」を読みとると艶っぽい雰囲気。終わり近くに「ただ松虫のひとりねに」という詞章があり、もちろん「独音と独寝」をかけてあります。

結末  地謡
すはや難波の  鐘も明けがたの  あさ(朝・)まになりぬべし
さらば友人(トモビト)よ  名残りの袖を
招く尾花の  ほ(穂・)のかに見えし  跡絶えて
草茫々たる  朝(アシタ)の原の
草茫々たる  朝の原に
虫の音ばかりや  残るらん
虫の音ばかりや  残るらん

難波の寄合語の「鐘」。
「袖、招く、尾花、穂」のつながりは常套的ですが、「さらば友人よ」には目が醒めます。
朝の原は大和の歌枕のようですが、ここでは朝の野原の意。
「松虫」は不思議な魅力にあふれた曲ですが、この結末が私には気に入りません。夜を通してすだく虫の音が朝まで残るなんて興をそがれます。
虫の音は消え、草茫々の朝の原だけが残った・・としなかったのは何故か。主人公は男たちではなく「松虫」だからかもしれません。