2012-04-25

采女



あらすじ       
諸国一見の僧が奈良の春日神社に詣でると、若い女が境内で木を植えている。不審に思って尋ねる僧に、女は樹木を愛するご神体のことやこの地が仏法の霊地であることを語り、僧を猿沢の池へ誘った。そして帝の心変りを恨み入水した采女(ウネメ)の話をして供養を頼み、自分は采女の幽霊であると明かして池水に消えた。僧の弔問に采女の霊が現われ、葛城王に仕えた采女とその遊楽を物語り、舞を舞って見せ、さらに回向を頼み水底に身を沈めた。


次第  シテ
宮路正しき春日野の  宮路正しき春日野の
寺にもいざや参らん

由緒正しき春日野の社へのまっすぐの参道を その道を通って
春日野の寺 興福寺にも さあお参りしよう

(一言)
地図によると奈良公園の両はじに春日大社と興福寺があります。どちらも藤原氏の氏社と氏寺。つまり神仏の上に君臨したのが藤原氏です。
「まっすぐで正しい権力」は人々の理想でしょう。天皇に仕える「采女」の儚さ、哀れさを考えても。

次第だけを読むと春の遠足のようなのどかさ。しかしシテはこの後、明神の燈だけが暗闇を照らす荘厳な場へと足を踏み入れます。夜参りなので。

結末  シテと地謡
猿沢の池の面(オモ)  猿沢の池の面に
水滔々(トウトウ)として波また  悠々たりとかや
石根(セキコン)に雲起こつて  雨は窓こうを打つなり
遊楽の夜すがらこれ  采女の  戯れと思(オボ)すなよ
讃仏乗の  因縁なるものを  よく弔らはせ給へやとて
また波に入りにけり  また波に入りにけり

猿沢の池の面に 水は滔々 波はまた 悠々としていることだ
岩の根もとから雲が起こって 雨は 窓に音をたてている
このような遊楽の夜 これを 采女の 戯れの舞と思いなさるな
これは仏の教えを讃嘆する 因縁なのだから
よくよく私の跡をお弔いくださいませ と言って 
采女は再び波の底へはいって 姿が見えなくなった

(一言)
白楽天にある「狂言綺語の戯れ」を「采女の遊楽の戯れ」にとりなす結末。
仏道と離れても歌舞の徳というものはあります。能楽を支える思想かもしれません。

結末近くに「天地穏やかに 国土安穏に 四海波 静かなり」の詞章があり、それに対応するかのように「池の波も悠々」と穏やかです。
寵愛を失った采女が身を投げた時には波も騒いだことでしょうに。
「采女」は祝言性に富む曲といわれますが、引用の和歌がいつまでも心に残る曲でもあります。

吾妹子(ワギモコ)が 寝ぐたれ髪を猿沢の 池の玉藻(タマモ)と 見るぞ悲しき