2012-04-19

蟻通



あらすじ    
紀貫之が紀伊国・玉津島へ参詣に赴く途中、俄に雨が降り馬が倒れ伏し困惑します。そこへ宮守の老人が現れ、蟻通明神の 社地を下馬をせずに通ろうとした咎めである言い、貫之 は畏れ入り、老人に勧められ歌を詠じます。老人は歌を褒め、貫之 が和歌の謂れを述べると馬は立ち上がり、神慮の有難さに貫之は宮守に祝詞を頼みます。宮守は神楽を舞い自分は蟻通明神であると告げると消え失せて、 奇特に感激した貫之は神楽を奏し、夜明けと共に再び旅立ちます。


次第  ワキ
和歌の心を道として  和歌の心を道として
玉津島に参らん

和歌の心をわが進むべき道として 和歌の心の体得を目指して歩む者として
玉津島明神に参詣しよう

(一言)
冒頭の次第で「テーマ」を表現してしまう典型の詞章です。
貫之はすぐれた歌人でしたが、和歌の神様を拝んでいない。もしかしたらスランプ解消の旅かも。
謙虚な態度は好印象で、「素直」は歌詠みの条件のようです。
「和歌の徳は鬼神の心をも動かす」という古今の序は、世阿弥を励ます言葉だったことでしょう。


結末  シテと地謡
いま貫之が  言葉の末の  いま貫之が  言葉の末の
妙なる心を  感ずるゆゑに  仮りに姿を  見ゆるぞとて
鳥居の笠木に立ち隠れ  あれはそれかと見しままに
かき消すように失せにけり
貫之もこれをよろこびの 名残りの神楽夜(カグラヨ)は明けて
旅立つ空に立ち帰る  旅立つ空に立ち帰る

今の貫之の 和歌の言葉のはしばしの 
そこに現れた 素晴らしい心を 感じたので 神が仮に姿を現したのだ
と言って (蟻通の神は)
鳥居の笠木に隠れ あれがそれであるかと見たのもつかのま
かき消すように 見えなくなってしまった
貫之もこの示現を喜び 名残りを惜しんでの神楽を奏していると夜は明けて 
それでここを旅立ち 再び旅人の身となった
旅の空に立つ身に戻ったのである

(一言)
「あれはそれかと見しままに」は、語調がよくて愉快です。
「名残りの神楽夜」は、短いながらにたっぷりとした情感、「旅立つ空に立ち帰る」でキリリと締められ、練りに練られた詞章はさすがに世阿弥。

揺るがない主題、華やかで明るく格調があり、和歌問答はコンパクト。「蟻通」は現代にも通用する傑作です。