2012-04-11

阿漕


あらすじ
九州日向の男が、伊勢神宮参詣の途次、阿漕ヶ浦で漁翁に出会う。二人はこの浦を読んだ古歌に興じ、土地の謂れを尋ねた男に、漁翁は、殺生禁断の浦で密漁していた阿漕という漁師が捕えられ、罰として沖に沈められ死後も苦しみ減罪を乞い願っている語り、自分が阿漕の幽霊であると知らせて海上の闇に失せた。 そこへ現れた浦人が回向を勧め、 男が読経を始めると、阿漕の亡霊が四手網を手に現れ、密漁の 有様と地獄の苦しみを見せる。そして再び救済を求めつつ亡霊は波間へと消えていく。

次第
心づくし(尽・筑紫)の秋風に  
心づくしの秋風に
(キ)の間の月ぞ少なき
   
物思いに誘う秋風が吹き始め、
まだ葉を落とさぬ木の間から洩れる月光もかすか。
 「木の間より洩り来る月の影みれば心づくしの秋は来にけり」(古今集・読み人知らず)


結末
思ふも恨めいにしへの  思ふも恨めいにしへの
娑婆の名を得し  阿漕がこの浦に
なお執心の  心引く網の
手馴れし鱗類(ウロクズ)今はかへつて  
悪魚毒蛇となつて  紅蓮大紅蓮の氷に
身を傷め骨を砕けば  叫ぶ息は
焦熱代焦熱の  焔煙雲霧(ホノオケムリクモキリ)
たちゐ(立・起居)に隙(ヒマ)もなき  冥土の責めも度重なる
阿漕が浦の  罪科を
助け給へや旅人よ  助け給へや旅人とて
また波に入りにけり  また波の底に入りにけり
   
思い出すのも恨めしい
人間界での阿漕の名の通り、阿漕が浦に執心は残り
手馴れし魚類が今は却って悪魚毒蛇となる
寒さで皮肉が裂け紅蓮のようになり
熱さで皮肉が焦げ爛れる
立居もままならない地獄の責めも度重なり
それは度重なった阿漕が浦での罪とおなじ
どうか助けてください どうか助けてと言い
波に入っていった 波の底に消えていった
(一言) 
ワキの次第が「和歌」、続いてシテとの和歌問答があり、採り入れた挿話が「西行の恋」。
陰惨な内容だけでない雅な一面をもつ曲です。
「つくし」と日向は九州のつながり。また日向と伊勢はともに神の国。


  千束(チヅカ)の契り忍ぶ身の 阿漕が喩へうきな(憂・浮名)立つ  
    憲清と聞こえし その歌人の忍び妻
  阿漕阿漕と言ひけんも ・・


阿漕の密漁は、初めは欲のためでも、いつしか禁漁の面白さ、快楽に変ったはずです。
西行の宮廷女性との「禁断の恋」。あこぎ・あこぎがエクスタシーの声に聞こえます。


結末は地獄の描写です。大災害や飢饉に頻繁に襲われるまるで地獄のような中世で、人々はこのくだりをどう受け止めたのか。
絵空事でない分、阿漕に同化し、阿漕の苦しみに涙したことでしょう。