新潮社の謡曲集から自分の知っている作品の「次第と結末部分」を抜き出して、ひとことずつ感想を述べてきました。
できれば「まとめ」として、謡曲における次第と結末の関わりについて考えたかったのですが、力不足で今の時点では無理のようです。
また先月末に強度近視による眼底出血を起こし、これ以上の視力低下は避けたいと思い、ブログ自体を止めることに致しました。
読者の方がいらっしゃいましたら、中途半端をどうかお許し願います。
今後は、手作りの「謡曲かるた」へ挑戦します。
大好きな登場歌(次第)を存分に取り入れ、絵はこれまた好きな浮世絵を使い・・さて書体はどうしようかなどと夢がふくらみます。
夢は、眼が悪くてもいくらでも見れるから嬉しいですね。
2013/2/5 朝 yukie
2013-02-05
2013-01-31
楊貴妃
あらすじ
玄宗皇帝に仕える方士(ほうし)は、皇帝の命を受け、楊貴妃の霊魂のありかを尋ね常世の国蓬莱宮へ赴く。所の者から貴妃の居所を聞いた方士は太真殿へ向い、皇帝の使いである旨を申し出ると貴妃が現れる。貴妃は皇帝の悲嘆にくれる様子を聞き、恋慕の情を示し形見のかんざしを渡し、方仕の尋ねる証拠の私語を教える。やがて貴妃は霓裳羽衣(げいしょううい)の曲を舞って昔を懐かしみ、懐旧と涙のうちに方士を見送る。
次第 ワキ
わがまだ知らぬ東雲の わがまだ知らぬ東雲の
道をいづくと尋ねん
私のまだ知らない 行ったことのない 東方の雲のかなたの
道を 仙界はどこかと尋ね行くことにしよう
「いにしへもかくや人のまどひけん我がまだ知らぬしののめの道」(源氏物語・夕顔)に基づく
「東雲」を東の雲のかたなの意に転じ、渤海の東方の海中にある蓬莱山を暗示している
(ひとこと)
源氏物語と白楽天の「長恨歌」の繋がりは深く、謡曲「楊貴妃」にも源氏歌が数多く引かれます。
私などは「東雲」といえば、ストライキとしか思い浮びませんが・・。
結末 地謡
君にはこの世 逢ひ見んことも よもぎがしまつ(よも・蓬島・しまつ鳥)鳥
うきよ(浮・憂世)なれども
恋しや昔 はかなや別れの とこよ(床・常世)の台(ウテナ)に
伏し沈みてぞ 留(トド)まりける
わが君にはこの世で お目にかかることも よもやあるまい
辛い世の定めではあるが
恋しい昔よ はかない別れの 床よと 常世の国蓬莱宮の御殿で
涙に伏し沈んで 留まったのである
「蓬が島」は蓬莱の島 「島つ鳥」は鵜の異名で「う」にかかる枕詞
(ひとこと)
愛する人と死に別れた霊魂が、またもう一度別れのつらさを味合う痛ましさがあります。
使者の行く手を追いかけて行きたい思いがどれほどのものか、
同床の夢も去り、楊貴妃はただ一人です。
「世」という言葉は「男女の仲」をも意味すると、丸谷才一の本でつい最近知りました。
湯谷
あらすじ
平宗盛は遠江池田の宿の長である熊野を召し出だして寵愛していた。そこへ侍女の朝顔が病気の老母からの手紙を携え熊野を迎えに来る。手紙を見せて熊野は宗盛に暇を乞うが、宗盛は許さず、清水まで花見の同道を命ずる。花見の宴で熊野は舞を舞うが、折からの村雨が花を散らすのを見て、母を案ずる和歌を詠む。すると宗盛は詠歌に感じて許しを出し、観音の利生と喜んだ熊野はその場から東へと帰って行くのだった。
次第 ツレ
夢の間惜しき春なれや 夢の間惜しき春なれや
咲く頃花を尋ねん
「春宵一刻値千金」といわれる春だから 春の夜のわずかな時間も惜しく思われるよ
花咲く頃には都の花を尋ねよう
(ひとこと)
夢というからには夜、花は都の桜に決まっています。
「湯谷」という曲全体が春らんまんの夢のような美しさに満ちています。熊野自身が満開の花。
結末 地謡
これまでなりや嬉しやな これまでなりや嬉しやな
かくて都に御供せば またもや御意の変はるべき
ただこのままに御暇(オイトマ)と いふつけ(言・木綿附)鳥が鳴く
東路さして行く道の やがて休らふ逢坂の
関の戸ざしも心して あけ(開・明)行く跡の山見えて
花をも捨つる雁(カリガネ)の それは越路われはまた
東に帰る名残かな 東に帰る名残かな
もはやこれまで うれしいこと
こうして都へ御供をして帰れば またお気持ちが変わるかもしれない
このまますぐにお暇を頂く と言って 鶏が鳴く
東の国をめざいて行く その道にやがて逢坂山 ここでしばし留まり
関守も心して早目に戸を開き 夜が明けると通り過ぎた後ろの山が見え
花を見捨てて帰る雁の姿 それは北の越路へ帰り 私はまた
花を見捨てて東国へと帰る それにしても都も名残惜しく思われることよ
(ひとこと)
「これまでなりや 嬉しやな」から伝わる熊野のよろこび。詞章の始まりからわくわくします。
仕えるご主人の我儘を分かっての行動は才色兼備の遊女のもの。そしてそんな権力者を彼女は愛しているのです。
東には母でなく男が待っているのだという解釈など弾き飛ばすように、都の花(宗盛)への未練が伝わってきます。
2013-01-26
遊行柳
あらすじ
諸国遊行の上人が一遍上人の教えを広めようと奥州へ向かう。白河の関を越えた所で老人に呼び止められ、老人は古道にある名木の柳に案内するが、上人の十念を受けると、古塚に身を寄せる様に消える。不思議に思い上人が念仏を唱てまどろんでいると、柳の精が白髪の老人の姿で現れ、草木まで成仏できる念仏の功徳を讃え、柳の故事を語り、報謝の舞を見せて消え失せる。
次第 ワキとワキツレ
帰るさ知らぬ旅衣 帰るさ知らぬ旅衣
法(ノリ)に心や急ぐらん
帰ることも忘れてしまった遊行の旅ながら、仏法をひろめるためには心が急がれることだ。
衣と法は縁語。
(ひとこと)
芭蕉の「奥のほそ道」にも多大な影響を与えた遊行柳の曲。次第が「旅」で始まっているのも何か縁かもしれない。旅と衣は縁語。
結末 地謡
今年ばかりの 風や厭はんと
漂ふ足もとも よろよろ弱々と
倒れ伏し柳 仮寝の床(トコ)の
草の枕の 一夜の契りも
他生の縁ある 上人の御法(ミノリ)
西吹く秋の 風うち払ひ
露も木の葉も 散りぢりに
露も木の葉も 散りぢりになり果てて
残る朽木と なりにけり
現代語訳は省略します。
註によれば、別れの際には柳の枝をわがねて旅立つ人に贈るのが習わしで、後ジテの登場歌の漢詩に呼応とあります。「伏し柳」は歌語。
また、「今年ばかり・・」は、西行桜の「年経り増さる朽木桜 今年ばかりの花をだに」の変形。
「一夜の契りも 他生の縁ある」は、小督の「一樹の宿り 一河の流を汲むことも 皆これ他生の縁ぞかし」の変形。
「西吹く風の秋」は、当麻の「ただ一声の誘はんや 西吹く秋の風ならん」をふまえるそうです。
オリジナリティーに欠ける結末の詞章ですが、老いの寂しさまでがひしひしと伝わります。西行が詠んだ柳の情景と比べれば尚更です。もちろんそれが作者のねらいでしょうが。
「道の辺に清水流るる柳陰 暫しとてこそ立ち止まりけれ」
若々しい緑の柳の葉ずれの音まで聞こえてきそうな歌です。
2013-01-21
山姥
あらすじ
都で評判の女曲舞の「百ま山姥」が、善光寺参詣のために、従者と共に北陸路にさしかかり、山中で日が暮れて当惑。そこへ女が現れ一夜の宿を申し出て一行を庵に案内する。女は、自分が真の山姥であると明かし、百まが曲舞で名を馳せながら本人を心に掛けないのは恨めしいと言い、再会を約して消える。夜更けになると山姥が出現し、百まを促して曲舞を一緒に舞う。そして山廻りの様子を見せるが、やがて姿は見えなくなった。
次第1 ワキとワキツレ
善き光ぞと影頼む 善き光ぞと影頼む
仏の御寺(ミテラ)尋ねん
有難い弥陀の光明による極楽へのお導きを頼りにして
仏の御寺の善光寺を尋ねることにしよう
(ひとこと)
善光寺の名を用い、仏に救いを求める女曲舞を善きものとして描いています。
芸能と宗教の関わりなども考えさせられる冒頭の詞章は従者のもの。
作者の世阿弥は芸能をただの娯楽と捉えてはいないようです。
次第2 地謡
よしあしびき(葭蘆・善悪・足引)の山姥が よしあしびきの山姥が
山廻りするぞ苦しき
善悪の差別をこだわって 足をひきずりながら 山姥が
悟りきれずに 足をひきずって 山姥が
六道を輪廻するかのように 山廻りをする その山廻りは苦しいことだ
(ひとこと)
この詞章は、都で百ま山姥が歌う曲舞と次第と同じです。
「よしあしびき」が多重の意味をもつ面白さ、山廻りに六道を重ねる奥の深さ。
「よし」という感動詞も勢いがありますね。
結末 地謡
廻りめぐりて 輪廻を離れぬ 妄執の雲の ちり(散・塵)積もつて
山姥となれる 鬼女がありさま
見るやみるやと 峰に翔り 谷に響きて
今までここに あるよと見えしが
山また山に 山廻り 山また山に 山廻りして
行方も知らず なりにけり
山を廻ることを繰り返して 輪廻から離れられない妄執の身
その妄執の雲の 塵が積もって山姥となったのであるが この鬼女の姿を
あなたは見ておいでであるか と言って 峰に飛びかけり その音は谷に響いて
今までここに いたと思われたのだが
山また山に 山廻り 山からら山へと 山廻りして
どこへ行ったのか わからなくなってしまった
(ひとこと)
「塵も積もれば山となる」という諺を元にしていても、教訓的な意味合いはありません。
塵は万物の素のようなものでしょう。
自然描写にあるふれた曲は、結末に「山また山」を繰り返し、人智の及ばない世界を開くようです。
山姥は自分を鬼女と言っていますが、村人の暮らしを影となって助ける存在でもあります。
行方知れずになる山姥は、自然と同化したのですね。
北斎に、「山姥」の顔が表紙になった狂歌画本があります。
その名は「山満多山」。江戸の山の手の景観と風俗が描かれています。
2013-01-10
八島
あらすじ
旅僧が従僧と共に讃岐の八島の浦に着き塩屋で待っていると、主の漁翁と漁夫が帰ってくる。僧は一夜の宿を乞い、漁翁は僧らが都の者だと知り懐かしさに涙する。僧の求めで漁翁は源平合戦の様子(義経の勇士ぶり、景清と三保谷の錣引、嗣信と菊王の最期など)を語る。僧の不審に漁翁は義経の霊だとほのめかして消える。所の者が合戦のことを語り、僧が眠りにつくと、甲冑姿の義経の霊が現れ「弓流し」の様子を再現、修羅道での責苦の戦い、また激戦の様子を語るが、春の夜明けとともに消え失せる。
次第 ワキとワキツレ
月も南の海原や 月も南の海原や
八島の浦を尋ねん
月も南の海原の上を行く 月も南の空を行く
われらも南海道の 八島の浦を尋ねよう
(ひとこと)
合戦の無常がテーマの曲でありながらも、冒頭から「月、南、海原」という壮大な風景が描かれて明るい開けた感じがします。
結末の「海、山、空」を舞台とする修羅の世界に呼応する次第です。
結末 地謡
水や空 空行くもまた雲の波の
うち(打・討)合い刺し違ふる 舟戦の駆け引き
浮き沈むとせしほどに 春の夜の波より明けて
敵と見えしはむれゐる(牟礼・群居)鷗
鬨の声と聞こえしは 浦風なりけり高松の
浦風なりけり高松の 朝嵐とぞなりにける
水か空か区別ができず 空を行くのも波かと見える雲
内ち合ったり刺し違えたりする 舟戦の進退
波に浮きつ沈みつしているうちに 春の夜が波の上から明るくなり
敵と見えていたのは群がっている鷗
鬨の声と聞こえていたのは 実は浦吹く風であった
高い松を浦風であった高松の 朝の嵐となったのであった
牟礼・高松は地名
水や空の本歌は「水や空空や水とも見え分かず通ひて澄める秋の夜の月」
(ひとこと)
舞台では義経の亡霊が激しい戦いの所作をします。
夢幻能ですから、僧の夢が覚めれば夜明けとともに義経の亡霊は消えるのですが、そこが曖昧にぼかされています。まさに「春の夜の夢」。
「波より明けて」は、ひたひたと寄せる白い波頭が少しづつ輝きだす美しさ。白い鷗が敵になぞられていますが、平氏は「赤」ですから少しヘンですね。
2012-12-30
紅葉狩
あらすじ
秋も半ば、戸隠山中で三、四人の美女が紅葉狩に興じている。そこへ鹿狩りの平維茂一行が通りかかり、維茂が馬から降りて迂回しようとすると、美女が酒宴の仲間入りを勧める。維茂は断りかね、勧めに応じて盃を重ね、舞に見とれて寝入ってしまう。女達は「目を覚ますな」と言い捨てて姿を消す。やがて維茂の夢に八幡宮の神が現れ、女が戸隠山の鬼だと告げ神剣を授けて目を覚まさせる。維茂は神剣を抜いて激しい格闘の末に鬼女を退治する。
次第 シテとツレ
時雨を急ぐ紅葉狩 時雨を急ぐ紅葉狩
深き山路を尋ねん
時雨で色づくことを急ぐ紅葉 その紅葉を見るために急いで
山路深く尋ねて行くことにしよう
あるいは
(秋の女神龍田姫が)木々を染める時雨をさかんに降らせるので
赤く染まった紅葉を見に深い山路を尋ねよう
「龍田姫いまはの頃の秋風に時雨を急ぐ人の袖かな」新古今集・藤原良経
(ひとこと)
「急ぐ」が色づくと紅葉狩の両方にかかっています。
突然降りだしてサーァと止む時雨にも「急ぐ」イメージがあり、心を急き立てる冒頭の詞章です。
「~を尋ねん」という言い回しも次第ではよく使われ、「お話」に分け入る気持ちになります。
結末 地謡
惟茂少しも 騒ぎ給はず
南無や八幡 大菩薩と 心に念じ
剣(ツルギ)を抜いて 待ちかけ給へば
微塵になさんと 飛んでかかるを
飛び違ひむずと組み 鬼神の真中(マナカ) 刺し通すところを
頭(コウベ)を掴んで 上がらんとするを
斬り払ひ給へば 剣に恐れて 巌に登るを
引き下ろし刺し通し たちまち鬼神を 従へ給ふ
威勢の程こそ 恐ろしけれ
(ひとこと)
「義経少しも騒がず」は名句ですが、惟茂には具体的な武勇談がなく、しかも「給はず」がついているのでキレがわるいですね。
結末の詞章は詩的でもなく劇的ともいえません。それが舞台では武人と鬼女の派手な所作となり観客は大喜びです。
前半の「堪えず紅葉、青苔の地」という有名な詞章は漢詩がもとですが、非常に色鮮やかで男を誘惑する美女にぴったり。作者は観世小次郎信光。
2012-12-12
三輪
あらすじ
三輪山麓に住む僧の玄賓(ゲンピン)が、いつも参詣に来る女を待つ。その日、女は玄賓に衣を乞い、玄賓は衣を与え女の素性を尋ねる。女は杉が目印だと住みかを教えて消える。里の男がご神木に衣が掛かるのを見付けて玄賓に知らせ、玄賓が確かめると衣の裾に金色の文字で歌が書かれている。その歌を詠むと杉木の中から返歌が聞え、女姿の三輪明神が姿を現す。明神は三輪の神婚譚を語り神楽を舞い、伊勢と三輪の神が一体分神だと物語り、やがて夜が明ける。
次第 シテ
三輪の山もと道もなし 三輪の山もと道もなし
檜原(ヒバラ)の奥を尋ねん
三輪の山のふもとは道もない 山のふもとは道もないのだが
檜原の奥を尋ねることにしよう
(檜原は大和国 三輪山の北麓 檜原谷に玄賓の庵があった)
(ひとこと)
ワキである玄賓は自分を山田を守る案山子に例え「秋果てぬれば訪ふ人もなし」と述べます。冒頭の次第でシテが「道もなし」というのに応じているのか。よほど寂しい場所のようです。
結末 地謡
思へば伊勢と三輪の神 思へば伊勢と三輪の神
一体分神のおんこと いまさらんいといはくら(言・磐座)や
そのせき(塞・関)の戸の夜も明け
かくありがたき夢の告げ
覚むるや名残なるらん 覚むるや名残なるらん
考えてみると伊勢と三輪の神とは
もともと一体の神 それが二つに身を分けて出現なさっということは 今さら言うまでもない
あの天の岩戸の その戸ざしの開いた時のように夜も明けてきて
このようにありがたい夢のお告げが覚めてしまうのは まことに名残惜しいことだ
本当に残念なことである
(ひとこと)
この曲のクライマックスは明神の謡う神婚譚です。
仲睦まじい男女が、女が夜しか訪れのない男を不審に思い、男の衣に糸をつけて後を辿って行くと、三輪の神木に糸の先があった。つまり男は神だったという話。
結末は、天の岩戸前での神楽の再現の後に、伊勢神宮と三輪明神が一体と語られ、厳かというより華やかな感じ。そんな夢なら覚めてほしくない。
三輪明神は男でもあり女でもありという、官能的なおおらかさもこの曲も持ち味です。
2012-12-11
三井寺
あらすじ
行方不明の息子千満を探す母が、清水の観音に参詣し、三井寺に行けとの霊夢を蒙り寺へと向かう。一方、千満は三井寺の住僧の弟子となっていた。中秋の名月に住僧は千満を伴い月を眺め、能力は千満を慰めるために舞を舞う。そこへ狂乱の母が来て、能力が鐘を撞くと母も鐘を撞こうとして制止される。だが母は鐘にまつわる様々な事を語り制止を退け鐘を撞く。その様子に千満は狂女が母と気付き、親子は再会を果たして故郷へ帰って行く。
次第 ワキとワキツレ
秋も半ばの暮れ待ちて 秋も半ばの暮れ待ちて
月に心や急ぐらん
中秋の今日(陰暦八月十五日)の日暮れを待ちかねて
早く(名月の日の)月を見たいと心がせかされることだ
(ひとこと)
名月ではな,く桜の盛りを見たいを見たい時には「花に心や急ぐらん」。簡潔で的確な言い回し。
ただ私は「秋の半ば」で8月15日には思い至らず、「暮れ」が日暮れとはわかりませんでした。
キリ 地謡
かくて伴ひ立ち帰り かくて伴ひ立ち帰り
親子の契り尽きせずも 富貴の家となりにけり
げにありがたき孝行の
威徳ぞめでたかりける 威徳ぞめでたかりけり
こうして子を連れ帰り
親子の縁は尽きることもなくて 富貴の家となったのだ
まことにありがたい孝行の功徳で
それはめでたいことであった
(ひとこと)
子を探す母の哀れさより、「月と鐘」の取り合わせが面白い曲の終わりはハッピーエンド。
千満は思慮深い子で、母にも孝行を続けたのでしょう。金持ちになるのは結構ですが、この結末は曲全体を安っぽくしているような気がします。詞章もありきたりですし。
2012-12-08
松虫
あらすじ
摂津国安倍野で酒を売る市人がいつもの不思議な客を待つと、男とその友人が現れ秋の安部野を詠嘆し酒宴に興じる。男は松虫の音に友を偲ぶ謂れ(即ち若者の一人が松虫の音に魅せられて草むらに分け入り帰らないので、一人が探しにいくが友人は死んでおり、男は死骸を埋めた)を語ると、男はその亡霊と名のり、友人は人影に紛れる。市人の弔問に亡霊が現れて友への懐旧を詠嘆。心友との交遊と酒興を讃美して舞を舞うが、松虫の音のうちに夜明けとなる。
次第 シテとツレ
もとの秋をもまつ(待・松虫)の もとの秋をも松虫の
音(ネ)にもや友を偲ぶらん
昔の秋が再び訪れることを待つかのように松虫が鳴く
その声を聞くにつけても友がなつかしく思われることよ
「もとの秋」は「素秋」で秋の別名
(ひとこと)
次第を読めば、曲のテーマは歴然です。
男同士の愛に近い友情の曲ですが、私には「愛」のもつ孤独や寂しさが秋の野に広がるように思えます。
「ねにもや」の中に「寝に」を読みとると艶っぽい雰囲気。終わり近くに「ただ松虫のひとりねに」という詞章があり、もちろん「独音と独寝」をかけてあります。
結末 地謡
すはや難波の 鐘も明けがたの あさ(朝・)まになりぬべし
さらば友人(トモビト)よ 名残りの袖を
招く尾花の ほ(穂・)のかに見えし 跡絶えて
草茫々たる 朝(アシタ)の原の
草茫々たる 朝の原に
虫の音ばかりや 残るらん
虫の音ばかりや 残るらん
難波の寄合語の「鐘」。
「袖、招く、尾花、穂」のつながりは常套的ですが、「さらば友人よ」には目が醒めます。
朝の原は大和の歌枕のようですが、ここでは朝の野原の意。
「松虫」は不思議な魅力にあふれた曲ですが、この結末が私には気に入りません。夜を通してすだく虫の音が朝まで残るなんて興をそがれます。
虫の音は消え、草茫々の朝の原だけが残った・・としなかったのは何故か。主人公は男たちではなく「松虫」だからかもしれません。
難波の寄合語の「鐘」。
「袖、招く、尾花、穂」のつながりは常套的ですが、「さらば友人よ」には目が醒めます。
朝の原は大和の歌枕のようですが、ここでは朝の野原の意。
「松虫」は不思議な魅力にあふれた曲ですが、この結末が私には気に入りません。夜を通してすだく虫の音が朝まで残るなんて興をそがれます。
虫の音は消え、草茫々の朝の原だけが残った・・としなかったのは何故か。主人公は男たちではなく「松虫」だからかもしれません。
2012-11-23
仏原
あらすじ
都の僧が白山禅定を志し、加賀国仏原に到り草堂に泊まろうとする。そこへ女が現れ、白拍子の仏御前のために読経を乞い、夜中読経の声が澄み渡る。やがて女は僧の問いに、寵を失い髪を下ろした妓王を嵯峨野に尋ねたことを物語り、重ねての尋ねに、草堂の主は仏と言いさして消える。僧の回向に、明け方に現れた仏御前の霊は舞を舞い、「一歩挙げざる前(サキ)をこそ、仏の舞とは言べけれ」と悟堂を示して消え失せた。
次第 ワキとワキツレ
よそは梢の秋深き よそは梢の秋深き
雪の白山(シラヤマ)尋ねん
秋深き長月、よそでは木々の梢が紅葉しているのに白山では雪が深く積もっている
その雪の白山を尋ねよう
(ひとこと)
秋深き、深き雪、雪の白きと続き、紅と白の視覚的イメージも豊かと、脚註にあります。
梢の秋から紅葉を想像するのは、続く詞章に「神のははそのもみぢ葉の」とあるからでしょう。
冒頭が「よそは」というのがめずらしく、雪で神々しさを増した白山が周辺から際立つ様子もわかります。
結末 シテと地謡
あらし(あらじ・嵐)吹く雲水の 嵐吹く雲水の
天に浮かめる波の
一滴の露の始めをば なにかと返す舞の袖
一歩挙げざる前をこそ 仏の舞とは言ふべけれど
謡ひ捨てて失せにけりや 謡ひ捨てて失せにけり
大海の水も一滴の露から起こる。
その露の始め以前は無、それこそが仏の舞なのである。
人仏不二、無の段階では人も仏も区別はないという主題を提示して終わる。
(ひとこと)
難しい仏教哲学を示されて結末となります。
しかも「謡ひ捨てて」という詞章は非常に稀で、客観性を強く感じます。
平家物語の仏御前の優しさからでは出てこない迫力、しかも静か。どこか漢詩の雰囲気もあり、とにかく不思議な曲です。
2012-11-21
舟弁慶
あらすじ
源義経は随行の郎党と共に、頼朝との不和により都落ちし、尼崎・大物の浦に着く。弁慶は船頭に宿泊と舟の用意を依頼し、義経に同行の静御前を都へ帰すよう進言する。静は涙ながらに舞を舞って別れる。やがて西国への船出となり、天候が急変して、弁慶は船頭に将来の海上支配権を予約するものの海は荒れ、海上に滅亡した平家一門の霊が現れ、平知盛の怨霊が義経に襲いかかる。しかし義経が応戦し、弁慶が祈祷すると、怨霊はしだいに遠ざかって行く。
次第 ワキとワキツレ
けふ(京・今日)思ひたつ(立・裁)旅衣 今日思ひ立つ旅衣
きらく(着・帰洛)をいつと定めん
今日思ひ立って京の都から旅に出る 今日思い立って旅に出るのであるが
再び都へ帰る日をいつと定めることができようぞ
(ひとこと)
謡曲を読む楽しみの一つは、同音異義の掛詞や縁語です。
たつ―衣―着ると続きますが、耳で聞いてどれだけわかるものでしょうか。
「都落ち」とは口にしない武家のならい。先の見えない逃避行の哀れさが伝わる詞章です。
結末 地謡
その時義経すこしも騒がず その時義経すこしも騒がず
打ち物抜き持ち うつつ(打・現)の人に 向かふがごとく 言葉を交はし
戦ひ給へば 弁慶押し隔て 打ち物業(ワザ)にて 叶ふまじと
数珠さらさらと 押し揉んで 東方隆三世 南方軍だ利夜叉
西方大威徳 北方金剛 夜叉明王 中央大聖
不動明王の索にかけて 祈り祈られ 悪霊次第に 遠ざかれば
弁慶舟子に力を合わせ お舟を漕ぎ退け
汀に寄すれば なほ怨霊は 慕ひ来たるを 追つ払い祈り退け
また引く潮に 揺られ流れ また引く潮に 揺られ流れて
跡しらなみ(知らず・白波)とぞ なりにける
その時義経は少しも騒がないで 刀を抜いて持ち 生きた人に立ち向かうように
言葉を交わして 戦いなさったので
弁慶は二人を押し隔て 力で戦うのではうまくいかないと
数珠をさらさらと押し揉んで (略)
と不動明王の索の縄に頼みをかけて祈ると このように祈られたため
悪霊は次第に遠ざかって行くので
弁慶は舟子に力を合わせて お舟を漕いで その場から離れ
岸辺に寄せたところ なおも怨霊は 追いすがってくる それを追い払い祈り退けたので
怨霊は折からの引く潮に揺られ流れ また引く潮に揺られ流れて行って
跡知らず 行方がわからなくなり 海面には白波だけになったのであった
(ひとこと)
「その時義経すこしも騒がす」は、能を離れてもよく使われていた言葉です。
日本人は豪快な弁慶とはちがう、義経の静かな勇気や品格も大好きだったのですね。
平知盛の亡霊が舟を追って来るのを「慕い来たる」と表現するのも何やら雅。
ただ彼等三者だけでは、この場面は成り立ちません。
たくましい舟子達の躍動的な動きを想像することで、迫力満点の結末となるのです。
2012-11-17
藤戸
あらすじ
佐々木信綱が藤戸の先陣の功により備前の児島に領地入りをすると、わが子を盛綱に殺された母が来て恨みを訴える。はじめは取り合わぬ盛綱だが、浅瀬を教えて貰った男への疑惑から殺害したと告白。母は嘆き悲しみ自分も殺してくれと迫るが、盛綱は弔いを約束し母を帰す。管弦講が始まると猟師の亡霊が現れ、不当な死を詠嘆し盛綱を責め、往事の様子を語る。最後は供養により男は成仏する。
次第 ワキとワキツレ
春の湊の行く末や 春の湊の行く末や
藤戸の渡りなるらん
過ぎて行く春のたどり着く所 過ぎ行く春の終わりに
咲くのは藤の花 私の行く先も藤戸の渡し場なのだろうか
(ひとこと)
「春の湊」の穏やかさではすまない、「行く末」という詞に不穏な雰囲気が感じられます。
藤戸に「藤の花」が含まれているとは気が付きませんでした。
次第 ワキとワキツレ
春の湊の行く末や 春の湊の行く末や
藤戸の渡りなるらん
過ぎて行く春のたどり着く所 過ぎ行く春の終わりに
咲くのは藤の花 私の行く先も藤戸の渡し場なのだろうか
(ひとこと)
「春の湊」の穏やかさではすまない、「行く末」という詞に不穏な雰囲気が感じられます。
藤戸に「藤の花」が含まれているとは気が付きませんでした。
結末 地謡
折節引く潮に 折節引く潮に
引かれて行く波の 浮きぬ沈みぬ埋れ木の
岩の狭間に流れかかつて 藤戸の水底の
悪霊の水神となつて 恨みをなさんと思ひしに
思はざるにおん弔ひの 御法の御舟にのり(乗・法)を得て
すなはち弘誓(グゼイ)の舟に浮かめば
水馴れ棹 差し引きて行くほどに
生死(ショウジ)の海を渡りて 願ひのままに易々と
彼の岸に到り到りて 成仏得脱の身となりぬ
成仏の身とぞなりにける
現代語訳は省略
(ひとこと)
すぐ前にゾクっとするような詞章(下)があり、結末はそれを静に収めるような格好です。
われを連れて行く水の 氷のごとくなる
刀を抜いて胸のあたりを 刺し通し刺し通さるれば
肝魂も 消え消えになるところを
そのまま海に沈みしに
「引く潮」は「行く水」と対。
「浮きぬ沈みぬ」や「到り到りて」の表現は波がチャプチャプあるいはひたひた寄せる感じ。亡霊のいる場や動きが目に浮かびます。
非常に悲惨な話ですが、最後の成仏では馴染みの詞章が用いられ心が和みます。お手軽な気がしないでもないですが。
思はざるにおん弔ひの 御法の御舟にのり(乗・法)を得て
すなはち弘誓(グゼイ)の舟に浮かめば
水馴れ棹 差し引きて行くほどに
生死(ショウジ)の海を渡りて 願ひのままに易々と
彼の岸に到り到りて 成仏得脱の身となりぬ
成仏の身とぞなりにける
現代語訳は省略
(ひとこと)
すぐ前にゾクっとするような詞章(下)があり、結末はそれを静に収めるような格好です。
われを連れて行く水の 氷のごとくなる
刀を抜いて胸のあたりを 刺し通し刺し通さるれば
肝魂も 消え消えになるところを
そのまま海に沈みしに
「引く潮」は「行く水」と対。
「浮きぬ沈みぬ」や「到り到りて」の表現は波がチャプチャプあるいはひたひた寄せる感じ。亡霊のいる場や動きが目に浮かびます。
非常に悲惨な話ですが、最後の成仏では馴染みの詞章が用いられ心が和みます。お手軽な気がしないでもないですが。
2012-11-07
富士太鼓
あらすじ
萩原院の臣下が、住吉から管弦の役を望んで上洛した楽人「富士」の横死について語り、妻が訪ねて来たら知らせるよう従者に命じる。妻は夢見の胸騒ぎから都に上がったのだが、夫が勅命で召されていた「浅間」に殺されたと聞き涙にくれる。形見の鳥兜と衣装を渡されると、妻は夫を留めるべきであったと歎き、形見をつけて狂乱の態で太鼓を夫の敵と思い定め娘と共に打つ。やがて富士の霊が妻に乗り移って太鼓を打ち楽を舞う。霊が身を離れると、妻は名手の夫を偲んで涙するが、太鼓を打ち続ければ修羅の心は去り、太鼓を形見と見置きて帰郷した。
次第 シテと子方
雲の上なほ遥かなる 雲の上なほ遥かなる
富士の行方を尋ねん
雲の上よりも高い富士の峰 はるばる雲居(内裏)に上った
わが夫富士の行方を尋ねよう
(ひとこと)
後述によれば妻には勅命もないのに勝手に参上した夫の身が案じられて後を追ったのです。
雲より高い富士という名を持つにしても雲居の高さに叶うわけがない。
この作品の本歌は富士と浅間山の煙比べで、そこでも富士は活火山の浅間に負けています。
結末 地謡
これまでなりや人びとよ これまでなりや人びとよ
暇(イトマ)申してさらばと 怜人の姿とりかぶと(取・鳥兜)
みな脱ぎ捨ててわが心 乱れ笠乱れ髪 かかる(掛・斯)思ひは忘れじと
また立ち帰り太鼓こそ 憂き人の形見なりけれと
見置きてぞ帰りける 跡見置きてぞ帰りける
もはやこれまで皆様 これで失礼します
お暇いたしますと言って 楽人の装束や鳥兜を
みな脱ぎ捨てて 笠をいい加減にかぶり髪を乱し
私の心が乱れた原因はこの太鼓 このような思いは決して忘れることはあるまいと
また立ち戻ってきて この太鼓こそは夫の形見であったのだと
じっと見た後に帰って行った よくよく見つめてから帰って行ったのだ
(ひとこと)
狂乱の敵打ちが終わり、夫への恨みも夫を誇りに思う心も妻はすべて脱ぎ捨てて、ここで初めて夫の死を受け入れたのです。結末はまた悲しみの中の門出です。
宮中の人々への別れの挨拶は、観衆、読者への挨拶でもあり、舞台から下りるように妻は去って行きます。
それでも「跡見置きてぞ帰りける」には、断ちきれぬ妻の未練が感じられ、本人が去っても心はまだ舞台の上に残っているような・・。
2012-11-02
百万
あらすじ
吉野の男が奈良の西大寺あたりで拾った子を連れて、嵯峨清涼寺の大念仏にやって来る。そこへ百万と名乗る女物狂が現れ、念仏を唱え踊りながら、生き別れた我が子との再会を本尊に祈念する。子は母と気付くが母は知らぬままに舞を奉げて祈り、群集の中に我が子の姿を捜し求めるのだった。やがて男が子を母に逢わせて喜びの対面となり、母子は仏力に感謝し奈良の都へと帰って行く。
次第1 ワキ
竹馬(チクバ)にいざやのり(乗・法) 竹馬にいざや法の道
真の友も尋ねん
少年が竹馬に乗るように 喜び勇んで仏道に入り
仏門の真の友を尋ねることにしよう
(ひとこと)
「竹馬の友」という言葉があるが、それとは関係ないようです。「竹馬」は7歳という年を表すとも。
子どもに関わる曲であることを冒頭で示し、「法の道」で仏力が讃美されます。吉野の男はずいぶん信心深い。
次第2 シテ
わが子に あうむ(逢・鸚鵡)の袖なれや
親子鸚鵡の袖なれや 百万が舞を見給へ
わが子に逢うことを念じてか 鸚鵡模様の衣の袖
親子が再び逢うことを念じてか 鸚鵡模様の袖をひるがえす
この百万の舞をごらんください
(ひとこと)
次第の2句目は初句の繰り返しが多いそうですが、これは全くちがいます。
切ない母の心情がこめられた袖の模様。その袖も重なり合ってほしいという母の願望。
クライマックスに導く力強い詞章です。
キリ 地謡
よくよく物を案ずるに よくよく物を案ずるに
かの御本尊はもとより 衆生のための父なれば
母もろともに廻り逢ふ 法の力ぞ有難き
願ひもみつの(満・三)の車路を
都に帰る嬉しさよ 都に帰る嬉しさよ
よくよく考えてみると あらためてよくよく思えば
かの御本尊釈迦如来はもとより 衆生のための父なのだから
その御前で母も一緒に(子と)めぐり逢うという、仏の力は誠に有難い
願いも満ちて 車の通う道を
都に帰るとはうれしいこと 連れ立って(奈良)の都へ帰るのはうれしいことだ
(ひとこと)
観阿弥原作、世阿弥改作のこの曲は、清涼寺の縁起がもとになっているのですからハッピーエンドは当然です。
アイの解説に、「嵯峨の大念仏は人の集まりにて候ふ間」とあるようにドラマの背景には「雑踏」があり、キリの「車路」でも賑わいが想像できます。
この、仏に縋ろうと集まる「衆生」の存在が、百万の悲しみに厚みを与えているように思えます。
次第1の「法の道」が、結局は、古里へ通じる「車路」に変りました。
2012-10-22
檜垣
あらすじ
肥後国岩戸山に住む僧が、毎日閼伽の水を汲みにくる老女を不審に思ってえ今日も待つ。老衰を嘆きつつやって来た老女は、檜垣の媼の「みつはくむ」の歌の由来を語り、弔いを乞い姿を消す。所の者に勧められ、僧が白河のほとりの庵を尋ねると、媼の霊が現れ、弔いを感謝し無常の世を嘆く。女の霊は、地獄での苦しみと今なお釣瓶に因果の水を汲む有様を見せ、懺悔の舞を舞って成仏を願う。
次第1 シテ
影しらかわ(白・白川)の水汲めば 影白川の水汲めば
月も袂や濡らすらん
月影の白く映る 白川の水を汲むと 月の光の白く照るもとで
(水ばかりでなく)月も わたくしの袂を濡らすことである
(ひとこと)
後撰集の檜垣媼の歌「年経ればわが黒髪も白河のみつはぐむまで老いにけるかも」が曲の本歌。「水汲めば(水は汲む)」には瑞(ミズ)歯ぐむ(老衰して歯が抜けた後に再び瑞々しい歯が生えること)」が掛けられていることが後の詞章でわかります。
月の影は黒ではなく白。しかし影や白川の水より、老女の涙の方がずっと袂を濡らしています。
次第2 地謡
つるべの水に影落ちて
袂を月や上(のぼ)るらん
釣瓶の水に 月が影を落とし (かけ縄で汲み上げると)
袂のあたりを月が上るからのようだ
(ひとこと)
二つの登場歌は、単語は同じながら、月が動きます。いよいよクライマックス。
釣瓶は業火に燃え、かけ縄を繰り返し繰り上げても水は尽きないという責苦。月影がしらじらとその様子を浮び上がらせています。
結末 地謡
(これまで現はれ出でたるなり)
運ぶあしたづ(足・蘆鶴)の ね(音・根)こそ絶ゆれ浮き草の
水は運びて参らする
罪を浮かめてたび給へ 罪を浮かめてたび給へ
足を運び よるべない浮草のような 身ながら
水は運んでさしあげますから
わたしの罪を 浮べて下さいませ 罪に沈むわたしくしを お救い下さいませ
(ひとこと)
檜垣媼は「百歳の姥 小野小町」に重ねられています。小町の歌「わびぬれば身をうき草の根を絶えて誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ」がもと。
次第と結末に共通するのが閼伽の水。その水を運んであげるから救ってほしいとまるで観世音に話かけるような感じ。
「あしたづ」は「音」にかかる枕詞で、声を上げて泣くという意味を含みます。しかし、老女の歩み(あるいは本人)も鶴のようではないですか。
水と浮く、蘆と浮き草もつながりがあり、いくつにも意味を読み取りたいですね。
2012-10-15
班女
あらすじ
美濃国野上の遊女花子は、東国下向の吉田の少将と扇を交換して別れた後、扇ばかりを眺めているので、漢の「班婕妤」に例えられ「班女」と呼ばれた。閨に籠り勤めをしない花子は追放され、一方、吉田の少将は都への帰途で野上に立ち寄り、花子の不在を知るやいなや上京し糺(タダス)の森に参詣する。そこへ物狂いとなった花子が現れ、少将との再会を神に祈り、都の男の所望に扇によせて恋心を語り舞う。少将は班女を呼びよせて扇を取り交し、二人は元の契りを結ぶ。
次第 少将とトモ
帰るぞ名残富士の嶺(ネ)の 帰るぞ名残富士の嶺の
ゆき(雪・行)て都に語らん
帰るのだ 富士の嶺に名残を惜しんで 帰るのだ 名残の尽きない富士の嶺の
雪をあとに 都へ行って 富士の雪のことを語ろう
(ひとこと)
詞章の「雪」は結末にも出てきます。「班婕妤」が寵を失った自分を「月の様に円い雪のように白い団雪の扇」に例えたことが元になっています。。中国の扇はウチワのようだったのですね。
都へ「帰るぞ」との強調や、富士の雪を土産話にしようという謡い手の意思が感じられるめずらしい次第です。
結末 地謡
(輿の内より)
取り出だせば 折節黄昏に
ほのぼの見れば夕顔の 花を描きたる扇なり
この上はこれみつ(これ見・惟光)に 紙燭(シソク)召して
ありつる扇 ご覧ぜよ互いに
それぞと知られしらゆき(知らる・白雪)の
扇のつま(端・夫・妻)の形見こそ
妹背の中の情けなり 妹背の中の情けなり
扇を取り出したので (従者は花子に扇を渡す)
折りしも夕暮れの薄明かりにぼんやりした中で見ると 花を描いた扇である
(花子は少将に自分の扇を渡す)
この上はお付きに灯をお命じになる
こちらの扇を ご覧下さいませ と言って互いに扇を見て
それぞれあの人と分かり合えたのである
愛する人の形見としての扇こそ 夫婦の中の愛情を示すものなのである
(ひとこと)
省かれた文章が多いのは、引用されている「源氏物語」の原文を読むようです。
少将が持つ花子の扇は夕顔の絵。「惟光に紙燭召して~ご覧ずれば」は、源氏の「夕顔」の詞章と同じ。夕暮の情景が目に浮かんできます。しかし少将の扇はどんなものだったのでしょう。
二人の再会が「誰そ彼」の時間帯に行われた意味を思います。
遊女と貴公子の恋が真実ハッピーエンドとなるのか。「扇のつま・妻・夫」と掛け詞になっていますけど・・。
(ひとこと)
省かれた文章が多いのは、引用されている「源氏物語」の原文を読むようです。
少将が持つ花子の扇は夕顔の絵。「惟光に紙燭召して~ご覧ずれば」は、源氏の「夕顔」の詞章と同じ。夕暮の情景が目に浮かんできます。しかし少将の扇はどんなものだったのでしょう。
二人の再会が「誰そ彼」の時間帯に行われた意味を思います。
遊女と貴公子の恋が真実ハッピーエンドとなるのか。「扇のつま・妻・夫」と掛け詞になっていますけど・・。
2012-10-09
花筐
あらすじ
大迹皇子が皇位即位のために上洛した旨を、使者が照日の前へ告げて文と花筐を渡す。照日は悲嘆の中、文と花筐を抱いて里へ帰る。皇子は継体天皇となり、紅葉の御幸に出かけるが、そこへ物狂いとなり都へ上ってきた照日が出くわし、官人が侍女が持った花筐を打ち落とす。照日は官人を非難して思慕を示し、物狂いを勧められると李夫人の曲舞を語り舞い、漢王の思慕を我が身に喩える。継体天皇は花筐を自分が与えた物だと認め、再び照日を召すことにして還幸する。
次第 ワキとワキツレ
君の恵みもたかてら(高・高照)す 君の恵みも高照らす
紅葉の御幸早めん
(照り映える紅葉と同様に) 大君の恵も高く照り輝き あまねく照らしている時
君は照り映る紅葉をご覧にお出かけ その道を急ぐことにしよう
(ひとこと)
シテは「照日」と言う名であるのに、紅葉のように輝くのは女を捨てた天皇の方です。
「高照らす」は枕詞でしょうか。「高」所から民を照らしている感じ。
山の高い所にまで紅葉が進んでいる光景も目に浮かんできます。
結末 地謡
御遊(ギョユウ)もすでに 時過ぎて 御遊もすでに 時過ぎて
今は還幸 なし奉らんと 供奉(グブ)の人びと おん車遣り続け
もみぢ葉散り飛ぶ 御先(ミサキ)を払ひ
払ふや袂も 山風に
誘はれ行くや 玉穂の都 誘はれ行くや 玉穂の都に
つき(着・尽)せぬ契りぞ 有難き
ご遊覧もすでに 時移り 紅葉の御幸もすでに刻限となって
今は還幸をおさせ申し上げゆと 御供の人々が お車を進め続けて行けば
紅葉の葉が散り飛ぶ 行列の先を払い
払い清めると照日の前の袂も 山風に
なびき 連れられて行くのは 玉穂の都 玉穂の都で
尽きせぬ契りを結んだのは まことに有難いことである
(ひとこと)
渡辺保氏は、この場面の「もみぢ葉」を、宮廷で殺されたであろう照日の「血痕」に擬えています。それを読んでからというもの、私は「葉」の形、そして「散り飛ぶ」から血痕以外を想像することができません。
結末の詞章が、物語の先を暗示している面白さです。
照日の袂を山風が翻すのは、もう冬がそこまで来ているから。紅葉(照日)の終わりですね。
(ひとこと)
渡辺保氏は、この場面の「もみぢ葉」を、宮廷で殺されたであろう照日の「血痕」に擬えています。それを読んでからというもの、私は「葉」の形、そして「散り飛ぶ」から血痕以外を想像することができません。
結末の詞章が、物語の先を暗示している面白さです。
照日の袂を山風が翻すのは、もう冬がそこまで来ているから。紅葉(照日)の終わりですね。
2012-10-06
芭蕉
あらすじ
楚国小水(ショウスイ)の山中で修行する僧が、毎夜読経の折に庵室あたりに人の気配がするので、今夜は名を尋ねようと読経を始めると、女が現れる。女は仏法結縁のために庵に入ることを望み、女人成仏、草木成仏の功徳を語り、芭蕉の精であるとほのめかして消える。僧は所の者より芭蕉の故事を聞き法事を始めると、芭蕉の精が現れ、女体に化身している謂れを話す。芭蕉の精は草木成仏を説き、諸法実相を詠嘆して舞を舞い、やがて風前の芭蕉の姿を示して夢と消える。
次第 シテ
芭蕉に落ちて松の声 芭蕉に落ちて松の声
あだにや風の破るらん
芭蕉の葉をバサバサと鳴らして吹き落ちる松風の音
芭蕉葉はその松風の音にも はかなく破れてゆくのか
「風吹けばあだに破(ヤ)れ行く芭蕉葉のあはれと身をも頼むべき世か」 西行にもとずく
「砧」の次第に「衣に落つる松の声」とある
(ひとこと)
「万物はそのままの姿が成仏の相を示している」と、芭蕉の精が修業の僧に説く痛快さは「卒塔婆小町」のようですが、登場の次第は無難です。
芭蕉と松が同じような緑の植物であり、「砧」の次第の方がずっと優れていると思います。
結末 地謡
返す袂も 芭蕉の扇の
風茫々と ものすごき古寺の
庭の浅茅生(アサジウ) 女郎花刈萱(オミナエシカルカヤ)
面影うつろふ 露の間(マ)に
山颪(オロシ)松の風 吹き払ひ
花も千草も ちりじりになれば
芭蕉は破れて 残りけり
袂をひるがえす その芭蕉葉の扇によって
風がざわざわとして ものさびしい古寺の
庭の浅茅生上で 女郎花・刈萱が風に吹き乱れ
その女の姿は移り動いて あっという間に
山より激しく吹きおろし 松に音たてた風が 野辺を吹き払い
花も千草もちりぢりになってしまったので 女の姿も消え失せ
芭蕉葉は破れて ただ風に破れて芭蕉葉が残ったのであった
(ひとこと)
次第に呼応している詞章。すべては僧の夢であったという詞章がないことがかえって効果をあげています。
山颪に続く「松の声」は、次第の「松の声」よりずっと動きがあり、寂寥感も伝わります。
舞袖や扇を芭蕉葉に例え、女郎花を引くなど、「女人」の曲の最後は荒涼としたイメージながら華やかさも。「冷える」とはこんな境地でしょうか。禅竹の作。
次第 シテ
芭蕉に落ちて松の声 芭蕉に落ちて松の声
あだにや風の破るらん
芭蕉の葉をバサバサと鳴らして吹き落ちる松風の音
芭蕉葉はその松風の音にも はかなく破れてゆくのか
「風吹けばあだに破(ヤ)れ行く芭蕉葉のあはれと身をも頼むべき世か」 西行にもとずく
「砧」の次第に「衣に落つる松の声」とある
(ひとこと)
「万物はそのままの姿が成仏の相を示している」と、芭蕉の精が修業の僧に説く痛快さは「卒塔婆小町」のようですが、登場の次第は無難です。
芭蕉と松が同じような緑の植物であり、「砧」の次第の方がずっと優れていると思います。
結末 地謡
返す袂も 芭蕉の扇の
風茫々と ものすごき古寺の
庭の浅茅生(アサジウ) 女郎花刈萱(オミナエシカルカヤ)
面影うつろふ 露の間(マ)に
山颪(オロシ)松の風 吹き払ひ
花も千草も ちりじりになれば
芭蕉は破れて 残りけり
袂をひるがえす その芭蕉葉の扇によって
風がざわざわとして ものさびしい古寺の
庭の浅茅生上で 女郎花・刈萱が風に吹き乱れ
その女の姿は移り動いて あっという間に
山より激しく吹きおろし 松に音たてた風が 野辺を吹き払い
花も千草もちりぢりになってしまったので 女の姿も消え失せ
芭蕉葉は破れて ただ風に破れて芭蕉葉が残ったのであった
(ひとこと)
次第に呼応している詞章。すべては僧の夢であったという詞章がないことがかえって効果をあげています。
山颪に続く「松の声」は、次第の「松の声」よりずっと動きがあり、寂寥感も伝わります。
舞袖や扇を芭蕉葉に例え、女郎花を引くなど、「女人」の曲の最後は荒涼としたイメージながら華やかさも。「冷える」とはこんな境地でしょうか。禅竹の作。
2012-09-21
白楽天
あらすじ
唐の詩人白楽天が日本の知恵を計れという勅令により筑紫の松浦潟に到着する。そこで小舟で釣りをする漁翁と漁夫に出会う。漁翁は楽天の名や旅の目的を言い当て、楽天が目前を詩に詠むと、直ちに和歌に翻訳する。漁翁は日本では蛙や鶯までもが歌を詠むのだといい、舞楽を見せようと告げ消える。漁翁は実は住吉明神で、やがて気高い老神として現れて舞を見せ、その後、多くの日本の神々と共に神風を起こし、楽天を唐土へと吹き戻すのだった。
次第 ワキとワキツレ
舟漕ぎ出でて日の本の 舟漕ぎ出でて日の本の
そなたの国を尋ねん
「日の本」とは、日出づるもと(東)にある国
(ひとこと)
白楽天が登場歌をうたうというのに、なんともそっけない詞章。日本の優越性を宣伝する曲ですから大詩人といえどもワキであり、その言葉も軽く扱われているようです。
結末 地謡
住吉現じ給へば 住吉現じ給へば
伊勢岩清水賀茂春日 鹿島三島すは(・諏訪)熱田
安芸の 厳島の明神は
婆(シャ)かつ羅龍王の 第三の姫君にて
海上(かいしょう)に浮んで 海青楽を舞ひ給へば
八大龍王は 八りんの曲を奏し 空海に翔りつつ
舞ひ遊ぶ小忌衣(オミゴロモ)の 手風神風に
吹き戻されて唐船は ここより漢土に帰りけり
げにありがたや神と君 げにありがたや 神と君が代の
動かぬ国ぞめでたき 動かぬ国ぞめでたき
和歌の神の住吉明神は、航海の守り神であり外敵調伏の軍神
「伊勢岩清水 賀茂春日 鹿島三島」は、「イ」「カ」「シマ」の連韻
「諏訪熱田」も外敵を征伐する神
「八りん」は「八音」のなまりか 続く「空海」は「九界」で数韻とも思われる
「手風」は舞の手を動かすにつれ起こる風
「神と君が代の動かぬ国ぞめでたき」と、最後は神徳と君徳とは一体であるという考え方により国土を祝福
(ひとこと)
結末の詞章の調子のよさは格別です。韻を踏んで神々を呼び出し、間に「すは」という感動詞を挟むところなど感動もの。
次第の「舟漕ぐ」「そなたの国」に応じるように、結末では「海上」「海青楽」「唐船」「動かぬ国」が用いられています。
日本は島国で外敵は常に海から来て、しかもそれを水際で抑えてきた歴史を思い起させる結末。
さて21世紀の日中関係はどんな結末になるやら・・。
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