2011-11-25

わらの木


わら人形? それとも畑に出現した芸術作品?
いやいや、川中島で果樹園経営をめざすOさんが、初めて挑戦した「桃の木の冬支度」です。ブログのお写真を借りてきました。

わらの下には新聞紙が巻かれています。まるで「冬将軍」を迎え撃つ野武士みたい。ユーモラスな姿に心が温まります。

小学生時代、健康に良いからとわざわざ「わらのベッド」に寝かされていました。保温効果もあったのかもしれません。

「わら」で思い出したのが、映画の「わらの犬」です。今年リメイクされたようですね。
争いを好まない平和主義者が田舎に住むが、周囲の卑劣な仕打ちに耐えかね、人間に内在する暴力性を爆発させてしまうという、ダスティン・ホフマン主演の問題作
タイトルのSTRAW DOGSは、老子の言葉から。
天地は仁(いつく)しみならず 万物を以って蒭狗(すうく)と為す
聖人も仁(いつく)しみならず 百姓を以って蒭狗(すうく)と為す


世の中は無情で、すべてを「わらの犬」とみなし、賢者は非情で、人民を「わらの犬」として扱う。
寒々と、温もりの全く感じられない「わら」もあります。






2011-11-20

庭のモミジ



昨日は久しぶりの新宿で「謡曲の友」と飲んで語らい、楽しいひとときを過ごしました。

気分よく目覚めたきょう日曜日、少し歩けば汗ばむような陽気のなかで、この1ヶ月ゆっくり眺める余裕もなかった庭の木に目が行きました。

前庭には3本のモミジがありますが、例年なら深紅に染まる入口近くの「モミジ」は、まだまだ青く(というか青黒く)かわいそうでカメラを向ける気になれません。
温暖化で気温が高いと、紅葉しないまま落ちてしまうとか。

秋から冬へ、落葉の季節となりましたが、都会では雨樋や排水溝を詰まらす落葉はゴミ扱い。
焚火は厳禁だし、放射能の影響が懸念される今年は、ますます嫌われものになることでしょう。

木にも葉にも罪はないのに、人間ってつくづく勝手だと思います。







2011-11-18

磯馴松


「神坂雪佳」の木版画、タイトルは「磯馴松」です。海風のために幹や枝が地面を這うように生えるのが磯馴松(そなれまつ)でしょうに、この松は曲がりが少ない。

須磨の浦 渚にたてるそなれ松 しづえは波のうたぬ日ぞなき   続後拾遺集

やはり、下枝が常に波に洗われているような松でなくっちゃ。
中央公論の「谷崎源氏」の「さし絵」はどうだったかと、「須磨」のページをめくってみました。



なあんだ。文化勲章の「福田平八郎」の松の方がもっとまっすぐ。二人とも京住まいで磯馴松とは縁がなかったのでしょうか。

「風情に富んだ夕ぐれに、海が見渡される廊にお立ち出でなされて、たたずんでいらっしゃるお姿の、物凄いような美しさは・・・この世のものともお見えになりません・・・沖の方を多くの舟が謡い騒ぎながら漕いで行くのなども聞こえます・・」

光源氏も谷崎も、日本画家もみんなおっとり、雅な松の景色です。





2011-11-17

冬のコスモス


イタリア在住のAさんより11月1日に届いた写真です。庭に咲いた遅咲きのコスモスとありました。

11月1日は、カトリックでは「万聖節」というすべての聖人の祝日で、2日が「死者の日」。国中の人が故郷に帰って「お墓参り」をするので高速道路は大渋滞です。

30年前、イタリア人の友人家族にさそわれ、私も町はずれの墓地を訪れたことがあります。
日本と同じように「菊の花」を供えることに親近感をおぼえましたが、驚いたのは、階級社会らしく富裕層と庶民の墓のちがいです。

名家のは墓所というべきか、人が暮らせる広さで、門からして豪華で何部屋もあり、ロミオとジュリエットの映画にでてくるみたい。
一方、貧民の墓は、柩を縦に積み重ねただけのアパート形式。友人は「6階」の母親の柩に梯子をかけて、お燈明と花をあげていました。

コスモスは「秋桜」ともよばれ、風になびく優しいイメージがありますね。でも、Aさんのコスモスは、初冬の陽光にまっすぐに顔を向けています。

生老病死、年を重ねるごとに周りの人の病死に付き合うことも多くなりました。冬の日差しがつくづく有難いこのごろ。



イタリアの墓地は必ず糸杉に囲まれています






2011-11-08

三枝子



一番  山の淋しい湖に ひとり来たのも 悲しい心
胸の痛みに耐えかねて・・        

二番  水に黄昏 迫る頃 岸の林を 静かに行けば・・

三枝子さん、さようなら。
37で発病し長い闘病生活の果ての63歳の死は、十月の末日、早朝にやってきました。

ただただお疲れ様というしかありません。でも本人は悔しかったことでしょう。火葬後の白くて若若しい骨が、「病気にさえならなければ」という無念さを伝えていました。

私にはずっと優しい兄嫁でした。わがままな両親と同居をしてくれ、私の夫や息子家族のことも大事にしてくれて、とても感謝をしています。

三枝子という名は、父親があの美人女優を好きだったから付けたのよ・・・
お父さんの期待通り、育った地方の町では美人で有名。鼻梁たかく眼元の涼しい人でした。

でも血液透析が続くと肌が変わり、「もう化粧はやめたの」と、かえって清々しい笑顔を見せて。
「棺」には、兄が持たせた寄木細工の「手鏡」がありました。

お棺に「ドングリ」を沢山入れたのは私の夫です。
まだ三枝子さんが外出できた頃、我が家を訪れるとバッグからいくつもドングリを取り出し、「なつかしいわ、駅から歩いて来たら、裏の公園にこんなに落ちていた」と見せたのだそうです。

三枝子さんは鮮やかな紅葉が好きだったかもしれない。でも、「榛名湖畔」の木々のまっすぐさに私はあなたを偲びたいと思います。
長い間、本当にありがとう。






2011-10-28

蹴鞠の松


桜下蹴鞠図  (桃山)


七夕蹴鞠

その場所には砂を敷き、四隅、艮(東北)にサクラ、巽(東南)にヤナギ、坤にカエデ(西北)、乾(西南)にマツを植える。周囲の鞠垣は本式では7間半四方、広狭で3間四方までにする。・・禁裏、仙洞、皇族、将軍家ならびに家元はマツばかり4本・・                                      ウィキぺデアより

清少納言が「上品ではないが面白い」と評したフットボールは勝敗を争わず、鞠庭とよばれるコートからして現代人からすれば随分上品です。

四本の木は正式には式木(四季木)。成長も見頃もバラバラでしょうし、枯れることもある。それを話題に見物も楽しんだことでしょう。草木文化ですね。
ただし上層部の「松四本」はいただけない。遊ぶ時まで「長命不変」の権力に囲まれていたいわけ?

能舞台の四隅には柱があり、シテ柱、笛柱、ワキ柱、目付柱と名前をつけて、これも蹴鞠と通じる日本の文化。

今、私の頭を占める「四」といえば来週の「四人会」です。「あまり寒くならないうちに会いましょう」ということで、早目の忘年会かな。春夏秋冬、ビール&おしゃべりの会で旧交を温めている四人です。それにしても会の名前が・・

仲間たちを「蹴鞠の木」に例えてみました。
苗字に松がつくSちゃんはそのまま「松」。正統派美人ですしね。明るく華やかなIさんは花の女王の「桜」。秋に色づく「楓」は嫁入り前のHちゃん。介護で手が真っ赤にならないように。

のこる私が「柳」かしら。体型は確かに柳だけど、「花柳」の色っぽさはない。お化けの柳としておきましょう。







2011-10-26

箱根の女


先週末、旧友ふたりと還歴記念の一泊旅行をしてきました。
行く先は箱根強羅。ロマンスカーの車内で頼んだ「生ビール」に、到着前からもうシアワセ・・。泡のクリーミーなことといったら!

宿よし、食事よし、温泉よし。もちろん友との語らいも。大満足の旅のお土産は、宿の庭にあった「アカマツ」です。
窓越しに撮ったのですが、枝のクネクネがいかにも「女松」でしょう? 露天風呂に5回入った私もすっかりクネクネ。久しぶりに味合う解放感でした。

さて、きょうの夕刊で、植物生態学者(鎮守の森と照葉樹林で有名な)宮脇昭さんが、東北被災地の樹木の様子について語っています。

「仙台市などでは、海岸のアカマツやクロマツなどが根こそぎ倒れていました。その一方で、タブノキやシラカシ、マサキなどは大震災や大津波に耐えて見事に生き残っていた。」

日本の海岸の「白砂青松」は、防潮林としては役に立たなかったようです。今後は防災上の見地から、海岸には松林でなく照葉樹林が登場するのかしら。

松原遠く・・は本当に消えてしまうのか。どちらにせよ、クネクネ女は海には似合いませんけどね。





2011-10-22

松ふぐり

更新を怠ったお詫びに「醒酔笑」から、松に関する江戸の小話を。

あれは女松だろうね。「月の障り」になっている。いやいや男松にちがいない。よくみると「ふぐり」がある。

松ぼっくりは「松ふぐり」が転じた呼び方です。われわれにお馴染みは可愛らしいこの歌。
松ぼっくりがあったとさ 高いお山にあったとさ ころころころころあったとさ

春の大震災で遠足が中止されたか、隣の公園には連日幼稚園や小学生の団体がやってきます。
先生が大声で言います。「皆さ~ん、公園で自然を探しましょう。松ぼっくりが落ちているよー」。
そんなバカな・・・それとも今が松ぼっくりの季節?

写真は、8、9月に公園で撮ったものです。
台風で枝ごと落ちてしまった若い実。そして盛夏にかがやく翠の珠。



こちらはヒマラヤ杉の松ぼっくりの「シーダーローズ」。まず美しい名前に魅かれますね。
庭に大きなヒマラヤ杉があるのに全く気がつかず。初冬に落ちるそうで楽しみです。

学校の先生の言葉を信じて、来週あたり公園の松ぼっくりを探しに行こうかな。

ころころころころあったとさ お猿が拾って食べたとさ  
お猿が食べるのは固い殻だとずっと信じていた私。なんだか長生きしそうで、こまったもんです。







2011-10-13

対決



「やはり赤松は山に似合います」。
Oさんは、川中島CCでのラウンド中に、秋の陽をあびた赤松の群生を眺め、そう感想をもらしています。ブログ写真をお借りしました。
スポーツの秋、「霜の降りるまで」の骨休め。きっと英気を養われたことでしょう。



こちらは前回とりあげた我が町内の「秋葉のくろまつ」。写真が撮れずに借り物画像です。
太い幹、亀甲型の樹皮、タコの足のような枝。窮屈な住宅地に押し込められても、上空で発散してる一本の黒松です。

赤と黒、群生と単独。それぞれの違いはあっても、そのすべてに私は力強さを感じます。痩せた土地にまず根付くのが松だそうで、山しかり、海しかり。

スポーツの秋の次は、味覚の秋でしょうか。
松茸が生えるのは赤松、黒松には「松露」。でもあまりなじみがありません。もちろん松茸にも・・。
和菓子の松露は、風雅な名前と砂糖衣が大好きですが。

まるい形はキノコの傘なのですね、露ではなくて。







2011-10-10

秋葉のクロマツ



「ルソー」を思わせる絵は、大田区新百景のひとつとして描かれたものです。
中央にそびえる樹が、高さ16メートル、周囲4メートル、樹齢300年の「秋葉のくろまつ」。

東京都の「三大巨松」の一つで、天然記念物に指定されています。
「照善寺」の裏手、町内のどこからでも見えるのに、松にたどり着くのは至難のわざ。入り組んだ坂道の住宅地に埋没しているのです。

今日も寺のまわりをウロウロしている人がいました。正直に言うと私。何度か前を通っているはずなのになあ。

ア、あったあった。三方を家に囲まれた窮屈な所なのです。
幹は眼の前でも根元が見えない。松全体を見上げることも出来ない。ブログの写真をどうしよう?

祠を右に左にと足場を探していたら、とつぜん藪蚊の襲来です。逃げるようにして撮ってきた一枚がこれ。しっかり曲がっていますね。


「秋葉」の名の由来は、「秋葉権現」の祠のそばに立っている松だからです。
照善寺の守護神ですが、寺との距離はかなりあり、江戸時代の寺院の勢力やいかに。

祠はコンクリート製でした。秋葉様は火除けの神様なので、燃えたら困ります。