2012-08-06

高砂


あらすじ
九州阿蘇宮の神主友成が都へ上る途中、播州高砂の浦に至る。そこで松の辺りを掃き清める老夫婦を見つけ、高砂の松について尋ねると、二人はこの松がそうだと松の謂れを教える。そして、高砂と住吉が、万葉と古今の御代を崇める譬えであると説き、さらに松の徳が君徳、歌徳と一体であると語った後に、自分達が松の精であると明かし再会を約して海上に消える。
浦人の舟に乗り住吉へ渡った友成の前に住吉明神が現れて、神舞を舞い天下泰平を祝福する。

次第  ワキとワキツレ
今を始めの旅衣  今も始めの旅衣
ひも(紐・日)行く末ぞ久しき

今始めての旅衣、今が旅の始まり、日数も道程も遥かなことだ。
「旅衣」は旅に着る衣服の歌語で、旅そのものを意味する。
「行く末久し」は祝言の言葉。

(ひとこと)
友成と従者は肥後の国の浦を出たところ。船旅ですから眼前を海を眺めれば、陸路と違い次の宿があるわけではなく、行く先までの遠さが一層思いやられたことでしょう。

結末  地謡
さす腕(カイナ)には  悪魔を払ひ
納むる手には  寿福を抱き
千秋楽は民を撫で  万歳楽には命を延ふ
相生(アイオイ)の松風
颯々の声ぞ楽しむ  颯々の声ぞ楽しむ

さしだす腕によっては、悪魔を外へ払い、
引き納める手には、寿福を抱き、
「千秋楽(管玄の曲名)」を奏しては民の安全を願い、
「万歳楽(舞楽の曲名)」を舞うことによって君の長寿を念ずる。
松吹く風は、颯々の音を立て、
人々はその颯々の音を楽しむ、音の響きを楽しむのである。

(ひとこと)
「高砂や、この浦舟に帆をあげて」は結婚式で有名ですが、結末の詞章も素晴らしいものです。
住吉明神の舞所作の大きさは神徳のおおらかさに通じ、目だけでなく耳からも天下泰平の気分が伝わります。舞台の上からも小忌衣の舞袖が立てる「颯々の声」が聞こえたでしょう。
「高砂」という曲の格調の高さは、明るさや優しさが支えているようです。それが後世の庶民にも愛された理由かもしれません。
特に結びが「めでたけれ」ではなく「楽しむ」という所が躍動的。同じ世阿弥ですが、「老松」は「めでたけれ」で終わります。