あらすじ
平重衡は一の谷の合戦で生捕られ、鎌倉の狩野介宗茂に預けられているが、朝朝が手越の長の娘千手を遣わす。雨の中、宗茂は酒を持参し千手との対面をはかるが重衡は拒否。だが頼朝の仰せであると再度勧める。重衡は頼朝に願い出た出家の首尾が叶わいと知り落胆し、千手は盃は勧め、肴に朗詠し舞を舞手慰める。重衡も興じて琵琶と琴で合奏し一夜を過ごす。しかし別れの朝になり処刑のために都に向かう重衡を千手は涙で見送る。
次第 シテ
琴の音添へておと(音・訪)づるる 琴の音添へて訪るる
これやあづまや(東・吾夫・東屋)なるらん
琴を奏し慰問するために訪れた これが吾が夫となる方のいる東屋か
催馬楽の「東屋」をふまえている。
「東屋の、まやのあまりの、その雨そそぎ、われ立ち濡れに、殿戸開かせ」
(ひとこと)
頭註にあった催馬楽うんぬんはよくわかりませんが、この曲の舞台が「鎌倉」であることの重要性が察せられる「あづま」という詞です。
同じ虜囚でも「盛久」とは違い、結末には貴公子の濡れ場もありますと告げているような「琴の音」。
結末 地謡
なになかなかの憂き契り はや後朝(キヌギヌ・衣衣)に引き離るる
袖と袖との露涙 げに重衡のありさま
目もあてられぬ気色かな 目もあてられる気色かな
「なになかなかの憂き契り」は、どうしてこんなにかえって辛い契りを結んだのか。
連韻修飾の「なになかなか」は定家や楊貴妃にもみられ、「なかなかに」は芭蕉にも。禅竹の用語のようです。衣衣が「袖と袖」に呼応。
重衡の様子は、気の毒で正視できないないありさまだ。
(ひとこと)
随分と生々しい別離ですね。
たまたま遣わされた遊女と刑死が決まっている男。恋愛でも思慕でもない、絶望の淵で命を燃やす有様は美しいとはいえません。 幽玄とは程遠い結末ですが、「都」の雅さとはちがう、本能的に男女が結びつく様子を「なになかなかに」面白く読みました。 |
2012-07-19
千手重衡
時間がなく久しぶりの更新です。猛暑の季節に謡曲はそぐわない気がしますが、謡曲を読むと疲れが吹き飛びます。