2012-06-13

角田川


あらすじ  
隅田川の渡し守に、旅人が後から狂女が来ると告げ、その到着を待つ。女は人商人に浚われた我が子を尋ね都から下ってきたのだ。渡し守に狂いを求められた女は、都鳥を見て業平の東下りに重ねて乗船を願う。渡し守が対岸のざわめきを人商人に浚われた梅若丸の供養の大念仏だと物語ると、女は下船をせず、梅若が我が子であると確認して絶望する。塚の前で悲嘆にくれる母だが、人々に勧めらて念仏を唱えると子の声が聞こえて姿が現れる。しかし母が近づくと消え失せ、空しさの中に夜明けとなる。

次第  ワキツレ
末を東のたびごろも(旅・旅衣)  末も東の旅衣
日もはるばる(紐張・遥々・春)の心かな


行く末も遠い東への旅 行く末も遠い東国への旅なので
日数もかかるだろうと はるかな思いのすることだ /旅人

(ひとこと)
「旅衣―日も遥々」はよくある表現。曲が「伊勢物語」を踏まえていることを第三者である旅人が明かしています。
「から衣きつつなれしにつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」
都から下ってきたのは、旅人、母親、在原業平、そして人商人と梅若丸です。「末も東の」の末という字に、旅で果てた梅若の終末が重なります。

結末  地謡
互いに手に手を取り交はせば  また消え消えとなり行けば
いよいよ思ひはますかがみ(増・真澄鏡)
面影もまぼろしも  見えつ隠れつするほどに
しののめの空もほのぼのと  明け行けば跡絶えて
わが子と見えしは塚の上の  草茫々としてただ
しるしばかりのあさぢ(朝・浅茅)が原と
なるこそあはれなりけれ  なるこそあはれなりけれ


互いに手を取り交すようにしたところ その姿が消えてしまうで
いよいよ母の思いは増すばかり
生前の面影も幻も 見えたり隠れたりするうちに
明け方の空もほのぼのと白んで 夜が明けて行くと跡方もなく消え失せ
我が子と見えたのは塚の上の草 草が茫々と生い茂り ただ
墓じるしがあるだけの浅茅が原と
なっている それは哀れなことだった まことに哀れなことであった

(ひとこと)
結末の「塚」は、梅若丸の遺言によって築かれました。作者の元雅が子方を出す演出をしたのがわかる気がします。当時の子方は上手にちがいないし。
渡し守の語りに梅若の言葉として「しるしに柳を植えて賜れ・・」という詞があります。塚の上の草が春草であることは重要です。柳も草も芽吹いているというのに子どもはいない。
元雅の曲は、人物造型もドラマの展開もまさに近代劇ですね。