2012-06-02
西行桜
あらすじ
京都西山の西行の庵に、都の人々が花見に来るが、閑居を妨げられた思いを「花見んと群れつつ人の来るのみぞ、あたら桜の咎にはありける」と西行が詠む。すると、朽木の桜から「夢中の翁」と名乗って老木の桜の精が現れ、桜には咎がないはずと言い、都の桜の名所をあげて、静かな舞を舞う。そして春の夜の出会いの名残りを惜しみつつ、夜の白むとともに翁の姿を消え、西行の夢は覚める。
次第 ワキツレと立衆
頃待ち得たる桜狩り 頃待ち得たる桜狩り
山路の春に急がん
待ちかねていた桜狩りの時季がやっときた
急いで山路の花を尋ねよう
(ひとこと)
次第は謡曲「桜川」と同じです。詩歌語の「桜狩り」は桜を求めて歩きまわるという意味。野趣ある言葉が、郊外の花見にぴったり。
立衆は庶民的な下京の者。ワキの西行は隠棲の文化人で、桜についての見解もちがいます。
結末 シテと地謡
待てしばし待てしばし 夜はまだ深きぞ
白むは花の 影なり
外(ヨソ)はまだをぐら(小暗・小倉)の
山陰に残る夜桜の 花の枕の
夢は覚めにけり 夢は覚めにけり
嵐も雪も散り敷くや 花を踏んでは
同じく惜しむ少年の 春の夜は明けにけり
翁さびて跡もなし 翁さびて跡もなし
しばらく待て もうしばらく待て 夜はまだ深いぞ
白々としているのは花の色であった
花のない所はまだ暗いのだと 桜の精が言ううちに
小倉の山の陰の まだ夜の残る夜桜の 花のもとでの仮臥しの
夢は覚めてしまった 夢は覚めてしまった
夜嵐も吹きやみ 落花の雪が散って一面に敷き詰めたよう
その花を踏んでは 夢中での夜遊を惜しむのだが この春の夜は明けてしまった
老人はもの静かに消え跡かたもない
夢中の翁の姿はひっそりと消え 何の跡も残していない
(ひとこと)
とても感動的な詞章ですね。世阿弥が到達した「老木の花」がここに咲いています。
「待てしばし 夜はまだ深きぞ」と老人は、西行と自分に言い聞かせています。西行と翁が一体となる結末。
掛け言葉の「をぐら」の風情。桜の白との対比、夜明け前のしめやかな空気が伝わります。
夜明けが遅い山陰で、ぎりぎりまで桜(命、そして人生)との別れを惜しむ翁の姿は、老いゆく世阿弥の「美への執心」にも重なるよう。
「少年の」は「春」の序ですが、この曲すべてにある「対比」を意識して使われているだと思います。
最後が、失せにけりや消えにけりではなく、「跡もなし」で終わるところも非凡です。何も無くなったところから始まるのは永遠という時間・・。