2012-05-07
葛城
あらずじ
大和の葛城山の雪路で山伏たちは一人の女に出会う。女は自分の庵に案内し、しもとを焚いてもてなし、加持祈祷を願う。女は葛城の女神であった。岩橋を架けよとの役の行者の命令を果たさなかったために(醜い容貌を恥じ夜しか仕事をしなかった)葛城で身を縛られ三熱の苦しみのあることを告げて姿を消す。山伏の勤行に現れた女神は、縛めの様を示し、葛城の高天の原で、天の岩戸の大和舞を、白一色の世界の中で舞う。やがて、舞終えるた女神は岩戸の中に入って行く。
次第 ワキとワキツレ
神の昔の跡尋(ト)めて 神の昔の跡尋めて
葛城山に参らん
昔の神の古跡を尋ね求めて 昔の神の古跡を尋ねるために
葛城山に参ることにしよう。
(一言)
次第とキリが呼応していることが世阿弥作であるという根拠になっています。
「とめて」は雅な言い回し。昔の神といわずに神の昔というところも詩的です。
葛城山はかつらぎでなく(かづらき)と読むそうです。口に出すとニュアンスの違いにびっくり。
結末 地謡
高天(タカマ)の原の 岩戸の舞 高天の原の 岩戸の舞
天(アマ)の香久山も 向かひに見えたり
月白く雪白く いづれも白妙の
景色なれども 名に負ふ葛城の
神の顔がたち 面(オモ)なや面はゆや
恥づかしやあさましや あさま(浅ま・朝)にもなりぬべし
明けぬさきにと葛城の 明けぬさきにと葛城の夜の
岩戸にぞ入り給ふ 岩戸の内に 入り給ふ
高天の原における 岩戸の舞のような 大和舞
高天の原の 岩戸の舞のような大和舞を 舞っていると
天の香久山も 向こうに見えている
月も白く 雪も白く あたり一面すべて白色の
世界であるが すでに有名になている この葛城の
神の 見苦しい顔かたちは 面目ないこと きまりわるいこと
恥ずかしいこと 我ながらなさけないこと 朝になって あからさまにもなってしまうだろう
夜の明けぬうちにと 葛城の神は 夜が明けるより前に帰ろうと言って
葛城の神は 夜の 岩戸に入られた (常に夜のような)岩戸の住まいに入られたのだった
(一言)
世阿弥は芸能者です。天の岩戸説話に強い関心があり、「白」の多用は「面白」を意識してのこと。
葛城の岩橋説話では男神が普通ですが、神々しい白のイメージは女神にふさわしい。ただし女神の容貌の醜さを忘れてしまいますね。
註によると、「夜の岩戸」は「夜のおとど(御殿)帝の寝所」で、そこに葛城の神が隠れたことを天照大神の岩戸隠れに擬した」とか。夜のおとどに私は「色」を感じてしまいますが、神話のエロスを期待しすぎですね。
別名のタイトルが非常に美しい。「雪葛城」です。