2012-05-14
通小町
あらずじ
八瀬(ヤセ)の山里の僧のもとに、木の実爪木を携え日参する市原野の女がいた。女は木の実の数々を語り、小野小町とほのめかして消える。僧は小町の古歌と思いあわせ、女が小町の幽霊であると察し、市原野に出向いて供養をする。すると小町の亡霊が現れ、そのあとを追い、四位少将の亡霊が現れる。小町を回向を喜び受戒を乞うが、少将はそれを妨げる。僧は二人に懺悔を勧め、二人は百夜通いを再現、共に成仏することができた。
次第 ツレ
拾ふ爪木もたきもの(焚物・薫物)の 拾ふ爪木もたきものの
匂はぬ袖ぞ悲しき
爪木は薪にする小枝や柴、「褄」に音が同じで「袖」と縁語
薪を拾って暮らすうちに薫物の匂いのない着物となってしまった
それにつけても昔の栄華が思い出されて悲しいことだ
(ひとこと)
ツレの次第はめずらしく、短い文章で彼女の境遇、今と昔を言い表しています。
女が顔を見せることのない昔、美女の条件はまず良い「匂い」。香は高価でもありました。
おなじ「たきもの」でも雲泥の差です。
結末 シテと地謡
あら忙しや すははや今日も
くれなゐ(暮・紅)の狩衣の 衣紋気高く引き繕ひ
飲酒(オンジュ)はいかに 月の盃なりとても
戒(イマシ)めならば保たんと ただ一念の悟りにて
多くの罪を滅して 小野の小町も少将も
ともに仏道成りにけり ともに仏道成りにけり
ああ気ぜわしいことだ さあ今日も
日が暮れたといって 気高く見せようと 紅色の狩衣まで用意したのだった
そしてもし小町に勧められたら酒はどうするべきか たとえ高貴な盃でもてなされたとも
飲酒の戒をやぶることはできない などと考えたその志が悟りの縁となり
多くの罪も消え 小町も少将も成仏ができたのだ
(ひとこと)
百夜を前に少将が死ぬのが「卒塔婆小町」。こちらの曲では「煩悩の犬」になるとまで言う少将の執念が「恋の成就」で途切れてしまうのが残念です。
小町の粗末な着物の様子から始まり、結末には少将の着物の華やかさ。次第と結末が呼応しています。
ツキ・サカヅキの重韻の「月の盃」が美しい。
「あら忙しや」や「飲酒はいかに」の話し言葉がいきいきとしていて亡霊の話であることを忘れてしまいそう・・。