あらすじ
日向の国に流された悪七兵衛景清は自ら両目をえぐり盲目の平家語りとなっていた。そこへ鎌倉から娘の人丸が従者とともに父を探しにやってきて、父とは知らず、藁屋の乞食に 父の消息を尋ねる。景清は我が身を恥じて知らぬと言って立ち去らせるが、里人の仲介で親子の対面を果たす。 景清は娘の所望に応じ、屋島の合戦での錣引きの武勇談を聞かせ、我が跡を弔うように言い含め、娘と永遠の決別をする。
次第 ツレとトモ
消えぬ便りも風なれば 消えぬ便りも風なれば
露の身いかになりぬらん
まだ消えないでいるという噂も 風の便りに聞くことだから
消えないで生きているという噂も 風聞なのだから
露のようにはかない(わが父の)身の上は どうなったのであろうか。
(一言)
親子の情愛、葛藤が悲劇的に描かれる名曲。まず人物の造型がすばらしい。
景清という男のプライド、屈折した人間性、自分は捨てられた身ながらも勇壮な父を慕い過酷な旅に出る健気な娘。どちらもギリシア悲劇の主人公のようです。
ただし次第では、父の生存も不安定であり、娘も寄る辺のない心境にいます。「風」は揺れ動き、「露」は儚く消えるものの象徴。
結末 地謡
昔忘れぬ物語 衰へ果てて心さへ
乱れけるぞや恥づかいしや
この世はとてもいくほど(生・幾程)の 命のつらさ末近し
はやたち帰り亡き跡を 弔ら給へ盲目の
暗きところのともし火 悪しき道橋と頼むべし
さらばよ留まる行くぞとの ただひと声を聞き残す
これぞ親子の形見なる これぞ親子の形見なる
昔のことながら忘れずに物語ったが 今はすっかり衰えてしまい
心まで乱れて恥ずかしいこと
この世は所詮いくばくかの 命 生きていることのつらさも終わりが近い
さあ早く帰って 私の亡き跡を 弔いなさい
そなたの弔いを盲目の身にとっての 後世の闇路を照らす燈火
悪路にかけられた橋として 頼りにすることにしよう
それでは(別れよう 父ははここに留まるぞ)と言えば
娘は(では行きます )との一声を 互いに耳に残したのであるが
これこそ親子それぞれにとっての形見であった 形見として残ったのであった
(一言)
幼い時に別れたきりの娘、父は盲目。初対面といってもよい再会が今生の別れです。
しかし娘の耳には父の平家語りが残ります。老残の身、心乱れながらも伝えるだけのことは伝えた父がいます。親子の絆が初めて結ばれたとき。
弔いが盲目の支えになるのだからと娘を去らせる父。乞食の姿で虚勢を張りながら、最後に立派に親としての勤めを果たします。後世から娘の幸せを願うつもりなのです。