2011-08-20

松虫


「花のほかには松ばかり」の著者、七回忌になる故山村修さんが、ことのほか愛した謡曲です。
シテの詞章で物語のおおよそがわかります。

 むかしこの阿部野の松原を 
  ある人二人連れて通りしに折節松虫の声おもしろく聞えしかば
  一人の友人(ともびと) 彼の虫の音を慕ひ行きしに
 
  今一人の友人 やや久しく待てども帰らざりし程に
  心もとなく思ひ尋ね行き見れば
  彼の者草露(そうろ)に臥して空しくなる

はじめの青年が虫の音に導かれ、秋の野に吸い込まれるように消えていきます。
そしてもう一人が友を追ってみれば、彼は草の上に骸となっています。
  死なば一所(いっしょ)とこそ思ひしに
  こはそも何と云ひたる事ぞとて
  泣き悲しめどかひぞなき

こちらの青年は悲しみのあまり、松原の池に身を投げ死んでしまいます。
二人は一段と仲がよく、花を見るのも月を眺めるのも、いつも一緒だったので・・。

「松虫」といえば、すぐ「男色」だの同性愛だの言われることに、山村さんは反発しています。
抽象化された透明な青年が、鳴く虫をたずね野山を歩き、心尽きて空しくなった。いはば死の芯をなす死だというのです。文化的な価値づけをすることが厭なのだと。

私は同性愛でもいいと思います。でも先の青年は、松虫だったのではないでしょうか。彼が伏した叢から松虫が一匹飛び出たかもしれない。

 松虫の声 りんりんりん りんとして夜の声

りんりんりんで、思い出したくないことを思い出してしまいました。
今朝、ケータイを洗濯機で洗ってしまったのです。
アレチウリ刈りで泥だらけのズボンのポケットに入っていた、固定電話代わりでもある電話を。

私も松虫になって一晩中なきたい気持ちです。