2012-12-08

松虫


あらすじ
摂津国安倍野で酒を売る市人がいつもの不思議な客を待つと、男とその友人が現れ秋の安部野を詠嘆し酒宴に興じる。男は松虫の音に友を偲ぶ謂れ(即ち若者の一人が松虫の音に魅せられて草むらに分け入り帰らないので、一人が探しにいくが友人は死んでおり、男は死骸を埋めた)を語ると、男はその亡霊と名のり、友人は人影に紛れる。市人の弔問に亡霊が現れて友への懐旧を詠嘆。心友との交遊と酒興を讃美して舞を舞うが、松虫の音のうちに夜明けとなる。

次第  シテとツレ
もとの秋をもまつ(待・松虫)の  もとの秋をも松虫の
(ネ)にもや友を偲ぶらん

昔の秋が再び訪れることを待つかのように松虫が鳴く
その声を聞くにつけても友がなつかしく思われることよ
「もとの秋」は「素秋」で秋の別名

(ひとこと)
次第を読めば、曲のテーマは歴然です。
男同士の愛に近い友情の曲ですが、私には「愛」のもつ孤独や寂しさが秋の野に広がるように思えます。
「ねにもや」の中に「寝に」を読みとると艶っぽい雰囲気。終わり近くに「ただ松虫のひとりねに」という詞章があり、もちろん「独音と独寝」をかけてあります。

結末  地謡
すはや難波の  鐘も明けがたの  あさ(朝・)まになりぬべし
さらば友人(トモビト)よ  名残りの袖を
招く尾花の  ほ(穂・)のかに見えし  跡絶えて
草茫々たる  朝(アシタ)の原の
草茫々たる  朝の原に
虫の音ばかりや  残るらん
虫の音ばかりや  残るらん

難波の寄合語の「鐘」。
「袖、招く、尾花、穂」のつながりは常套的ですが、「さらば友人よ」には目が醒めます。
朝の原は大和の歌枕のようですが、ここでは朝の野原の意。
「松虫」は不思議な魅力にあふれた曲ですが、この結末が私には気に入りません。夜を通してすだく虫の音が朝まで残るなんて興をそがれます。
虫の音は消え、草茫々の朝の原だけが残った・・としなかったのは何故か。主人公は男たちではなく「松虫」だからかもしれません。