2012-11-21

舟弁慶


あらすじ
源義経は随行の郎党と共に、頼朝との不和により都落ちし、尼崎・大物の浦に着く。弁慶は船頭に宿泊と舟の用意を依頼し、義経に同行の静御前を都へ帰すよう進言する。静は涙ながらに舞を舞って別れる。やがて西国への船出となり、天候が急変して、弁慶は船頭に将来の海上支配権を予約するものの海は荒れ、海上に滅亡した平家一門の霊が現れ、平知盛の怨霊が義経に襲いかかる。しかし義経が応戦し、弁慶が祈祷すると、怨霊はしだいに遠ざかって行く。

次第  ワキとワキツレ
けふ(京・今日)思ひたつ(立・裁)旅衣  今日思ひ立つ旅衣
きらく(着・帰洛)をいつと定めん

今日思ひ立って京の都から旅に出る 今日思い立って旅に出るのであるが
再び都へ帰る日をいつと定めることができようぞ

(ひとこと)
謡曲を読む楽しみの一つは、同音異義の掛詞や縁語です。
たつ―衣―着ると続きますが、耳で聞いてどれだけわかるものでしょうか。
「都落ち」とは口にしない武家のならい。先の見えない逃避行の哀れさが伝わる詞章です。

結末  地謡
その時義経すこしも騒がず  その時義経すこしも騒がず
打ち物抜き持ち  うつつ(打・現)の人に  向かふがごとく  言葉を交はし
戦ひ給へば  弁慶押し隔て  打ち物業(ワザ)にて  叶ふまじと
数珠さらさらと  押し揉んで  東方隆三世  南方軍だ利夜叉
西方大威徳  北方金剛  夜叉明王  中央大聖
不動明王の索にかけて  祈り祈られ  悪霊次第に  遠ざかれば
弁慶舟子に力を合わせ  お舟を漕ぎ退け  
汀に寄すれば  なほ怨霊は  慕ひ来たるを  追つ払い祈り退け
また引く潮に  揺られ流れ  また引く潮に  揺られ流れて
跡しらなみ(知らず・白波)とぞ  なりにける

その時義経は少しも騒がないで 刀を抜いて持ち 生きた人に立ち向かうように
言葉を交わして 戦いなさったので 
弁慶は二人を押し隔て 力で戦うのではうまくいかないと
数珠をさらさらと押し揉んで  (略)  
と不動明王の索の縄に頼みをかけて祈ると このように祈られたため 
悪霊は次第に遠ざかって行くので
弁慶は舟子に力を合わせて お舟を漕いで その場から離れ
岸辺に寄せたところ なおも怨霊は 追いすがってくる それを追い払い祈り退けたので
怨霊は折からの引く潮に揺られ流れ また引く潮に揺られ流れて行って
跡知らず 行方がわからなくなり  海面には白波だけになったのであった

(ひとこと)
「その時義経すこしも騒がす」は、能を離れてもよく使われていた言葉です。
日本人は豪快な弁慶とはちがう、義経の静かな勇気や品格も大好きだったのですね。
平知盛の亡霊が舟を追って来るのを「慕い来たる」と表現するのも何やら雅。
ただ彼等三者だけでは、この場面は成り立ちません。
たくましい舟子達の躍動的な動きを想像することで、迫力満点の結末となるのです。