2012-11-17

藤戸



あらすじ
佐々木信綱が藤戸の先陣の功により備前の児島に領地入りをすると、わが子を盛綱に殺された母が来て恨みを訴える。はじめは取り合わぬ盛綱だが、浅瀬を教えて貰った男への疑惑から殺害したと告白。母は嘆き悲しみ自分も殺してくれと迫るが、盛綱は弔いを約束し母を帰す。管弦講が始まると猟師の亡霊が現れ、不当な死を詠嘆し盛綱を責め、往事の様子を語る。最後は供養により男は成仏する。

次第  ワキとワキツレ
春の湊の行く末や  春の湊の行く末や
藤戸の渡りなるらん

過ぎて行く春のたどり着く所 過ぎ行く春の終わりに

咲くのは藤の花 私の行く先も藤戸の渡し場なのだろうか

(ひとこと)
「春の湊」の穏やかさではすまない、「行く末」という詞に不穏な雰囲気が感じられます。
藤戸に「藤の花」が含まれているとは気が付きませんでした。

結末  地謡

折節引く潮に  折節引く潮に
引かれて行く波の  浮きぬ沈みぬ埋れ木の
岩の狭間に流れかかつて  藤戸の水底の
悪霊の水神となつて  恨みをなさんと思ひしに
思はざるにおん弔ひの  御法の御舟にのり(乗・法)を得て
すなはち弘誓(グゼイ)の舟に浮かめば  
水馴れ棹  差し引きて行くほどに
生死(ショウジ)の海を渡りて  願ひのままに易々と
彼の岸に到り到りて  成仏得脱の身となりぬ
成仏の身とぞなりにける

現代語訳は省略


(ひとこと)
すぐ前にゾクっとするような詞章(下)があり、結末はそれを静に収めるような格好です。

  われを連れて行く水の 氷のごとくなる
  刀を抜いて胸のあたりを 刺し通し刺し通さるれば
  肝魂も 消え消えになるところを
  そのまま海に沈みしに 
  
「引く潮」は「行く水」と対。
「浮きぬ沈みぬ」や「到り到りて」の表現は波がチャプチャプあるいはひたひた寄せる感じ。亡霊のいる場や動きが目に浮かびます。
非常に悲惨な話ですが、最後の成仏では馴染みの詞章が用いられ心が和みます。お手軽な気がしないでもないですが。