2012-10-06

芭蕉



あらすじ
楚国小水(ショウスイ)の山中で修行する僧が、毎夜読経の折に庵室あたりに人の気配がするので、今夜は名を尋ねようと読経を始めると、女が現れる。女は仏法結縁のために庵に入ることを望み、女人成仏、草木成仏の功徳を語り、芭蕉の精であるとほのめかして消える。僧は所の者より芭蕉の故事を聞き法事を始めると、芭蕉の精が現れ、女体に化身している謂れを話す。芭蕉の精は草木成仏を説き、諸法実相を詠嘆して舞を舞い、やがて風前の芭蕉の姿を示して夢と消える。

次第  シテ
芭蕉に落ちて松の声  芭蕉に落ちて松の声
あだにや風の破るらん

芭蕉の葉をバサバサと鳴らして吹き落ちる松風の音
芭蕉葉はその松風の音にも  はかなく破れてゆくのか

「風吹けばあだに破(ヤ)れ行く芭蕉葉のあはれと身をも頼むべき世か」 西行にもとずく
「砧」の次第に「衣に落つる松の声」とある

(ひとこと)
「万物はそのままの姿が成仏の相を示している」と、芭蕉の精が修業の僧に説く痛快さは「卒塔婆小町」のようですが、登場の次第は無難です。
芭蕉と松が同じような緑の植物であり、「砧」の次第の方がずっと優れていると思います。

結末  地謡
返す袂も  芭蕉の扇の
風茫々と  ものすごき古寺の
庭の浅茅生(アサジウ)  女郎花刈萱(オミナエシカルカヤ)
面影うつろふ  露の間(マ)
山颪(オロシ)松の風  吹き払ひ
花も千草も ちりじりになれば
芭蕉は破れて  残りけり

袂をひるがえす その芭蕉葉の扇によって
風がざわざわとして ものさびしい古寺の
庭の浅茅生上で 女郎花・刈萱が風に吹き乱れ
その女の姿は移り動いて あっという間に
山より激しく吹きおろし 松に音たてた風が 野辺を吹き払い
花も千草もちりぢりになってしまったので 女の姿も消え失せ
芭蕉葉は破れて ただ風に破れて芭蕉葉が残ったのであった

(ひとこと)
次第に呼応している詞章。すべては僧の夢であったという詞章がないことがかえって効果をあげています。
山颪に続く「松の声」は、次第の「松の声」よりずっと動きがあり、寂寥感も伝わります。
舞袖や扇を芭蕉葉に例え、女郎花を引くなど、「女人」の曲の最後は荒涼としたイメージながら華やかさも。「冷える」とはこんな境地でしょうか。禅竹の作。