2012-08-26

朝長


あらすじ
美濃の国青墓(オオハカ)で自害した朝長の墓前で、宿の長者と朝長にゆかりのある僧とが出会い朝長を偲び、長者は朝長の最期の有様を語る。夕陽影のうつる頃、長者は僧を連れて帰る。僧が観音懴法(カンノンセンポウ)で弔うと朝長の亡霊が現れ、長者の深い志に感謝し、合戦で敗走して膝を負傷したことを語り、雑兵の手にかかるよりはと自害をしたその様子を示して回向を願う。

次第  シテとツレとトモ
花の跡訪(ト)ふ松風や  花の跡訪ふ松風や
雪にも恨みなるらん

花が散ってしまった跡を吹き訪れる松風は 
雪のような落花を恨めしく思うだろうが 降り積もる雪にもまた恨みはあることだ
散った花に薄幸の若武者の朝長、松風に墓を訪ねる人々を重ねる。
傷を負った朝長は雪のために信濃に下ることができなかったので「雪にも恨み」とした。

(ひとこと)
花のように美しい長者が、花のように散った公達の墓に詣でると、そこには自分達と同様に松風のように吹き訪れた僧がいます。
シテの登場歌で、「雪にも恨みなるらん」と話の内容を先取りした形。この次第は世阿弥の「静」の次第を転用したそうで、そちらへの比重が大きいと思います。
「花の跡訪う松風は 雪にや静なるらん」

結末  地謡
旗は白雲紅葉の  散り交り戦ふに
運の極めの悲しさは  大崩れにて朝長が
膝の口を箆深(ノブカ)に射させて  馬の太腹に射つけらるれば  
馬はしきにりに跳ね上がれば  鐙を越して下り立たんと  
すれども難儀の手なれば  一足も引かれざりしを  
乗替へにかき乗せられて  憂き近江路を凌ぎ来て  
この青墓に下りしが  雑兵の手にかからんよりはと  
思ひ定めて腹一文字に  掻き切つてそのままに  
修羅道におちこち(落・遠近)の  土となりぬる青野が原の  
亡き跡弔ひて賜び給へ


源氏の白旗、平家の赤旗が白雲や紅葉のようで 入りまじって戦ったところ
運の末かかなしいことに 大崩で朝長の
膝頭を矢柄の部分まで入るほど深く射付けられたので 
馬はしきりに跳ね上がり 鐙をはずして下りて立とうとしたのだけれど
重い傷なので 一歩も歩けなかった
その身を乗り替えの馬にかつぎのせられ つらい思いで近江路をやっと通り
この青墓に到着したのだが 雑兵の手にかかるよりはと
決心して腹一文字に 掻き切ってそのまま
修羅道に落ちて 土になったこの青野が原
どうか私の跡を弔って下さいさいませ

(ひとこと)
後場の亡霊の出現は、演出もさることながら詞章も幻想的で陰影をおびています。
亡霊は負け戦の悲痛と、長者へは「朝長が後生をも心安くおぼしめせ」と優しく語りかけますが、結末では一転して「講談調」のテンポの良い語り口。大変長い詞章ですが内容は簡単。

膝の深手も「腹一文字に」と切腹の描写も具体的で「血のイメージ」がまとわりつき、最後には「土」が出るところ、きれいごとでない「修羅の世界」ですね。